武田氏館は、武田信玄の父、信虎より信玄、勝頼と、武田家三代の館として使われました。躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)とも呼ばれ、武田家の滅びた後、甲府城が作られるまでの約70年にわたりこの一帯は領国の政治、経済と文化の中心地として発展しました。
館は一辺が約200メートルの正方形の主郭を中心に、その回りのいくつかの副郭とによって構成された平城形式のものです。
現在では武田信玄を祀った武田神社となっています。
しかし、当時からの堀や石垣・土塁は残っています。
姫の井戸です。
武田氏館の生活の中心となる場所にあり、信玄公の御息女誕生の折、産湯に使用した事に因り「姫の井戸」と名付けられたそうです。
武田水琴窟です土中に底を小さな穴をあけた甕(かめ)を埋め、そこにわずかな水を流す。水はその穴から水滴となって落ち、甕の中で反響し、琴の音にも似た澄んだ音色を地中に響かせます。手前の竹筒から聞くことができます。