山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

もうすぐ“みきわめ”

2009-04-29 00:58:13 | 運転・車・道路の事
“みきわめ”という言葉は、自動車学校独特の言葉のようにも思います。
日常会話では、「みきわめが肝心」などとも言いますね。
この場合、物事をしっかり見定めることができるかどうかが肝心ということでしょう。
当然、見極めるのは自分自身です。
しかし、自動車学校の「みきわめ」とは、誰が何を見極めるのでしょうか。
自動車学校の先生が、この生徒がちゃんと運転できるようになったということを見定めてくれるっていうふうに私には思えるのですが、そうではないのでしょうか?

辞書で「みきわめ」を引いていたら、「みきわめること」だそうです。
ふざけないでもらいたいですね。
「“見極める”の名詞です」ってなもんです。そんなこと誰だってわかりますよ。
それで、しかたなく「みきわめる」を引いたわけですが、
「最後まで見届ける」「確認する」とありました。
やっぱりこれは、第一段階が本当にちゃんと身についたかどうかと、先生が確認して見届けてくれる最後の教習ということかと思います。

多くの言葉は、なんとなくスマートな感じのカタカナ語に置き換わってしまう世の中ですが、自動車学校の言葉は本来の「日本語」というか、ふるめかしい言葉がしっかり残ってるなと思います。
特にこの「みきわめ」というのは、『和語』です。
ついでに、「効果測定」というのも固くてまじめな感じの言葉ですが、これは音読みだから『漢語』ってことでしょうか。
こういうのが今風のカタカナの外来語に置き換わっていないところが妙に不思議です。

そういえば、道路標識なんかも、だいたい本来の日本語です。たとえば「止まれ」などとなっており、「ストップ」ではない。そういう不変的なところが妙でもあります。
しかし、それも当然。ある時期に道路標識の形式を変えるということは混乱の元ですから、こういうものは変化させないのでしょう。

あっ、前置きばかり長くなってしまいました。

書こうとしたことは、やっと第一段階の教習が終りにさしかかり、もうすぐ「みきわめ」だということです。
ただ、予約は入ってないんです。満員で取れていないのです。
ひたすらキャンセル待ちですが、無事「みきわめ」を通過して、ゴールデンウィーク中に
仮免試験に臨みたいなと思っています。
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