山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

人間関係

2011-04-30 22:52:49 | 日記

今、団地では、いろいろなことが起こっていて、特に人間関係に危機が起きている。
数日前、自治会で信頼できない役員たちに対する猛烈な抗議などが行われたわけだが、それは、今までのストレスが爆発した形であり、あたかも大地震が起こって、大地がひっくり返ったかのようである。その後、断層は起きるは、余震は起きるはで、大変な状況。
以前はどうなっていたのか、何がまちがっていたのか、その中でも継続しても良いことは何なのか?いろいろとこんがらがった糸を解きほぐさなくちゃいけないのだが、そんなことは知らんとか、過去は関係ない、とか無視する人もいる。
自○党がだめだったから民○党に交代したけど、もっとだめになったかも?というようなことにならないように、しなくちゃいけない。
政権が変わったからといって、国は続いているのだし、民○党も、自○党のやっていたことや決めたことを、当面継続しなくちゃいけないこともあるわけだ。さらには、前政権自○党の協力がなければ、何もかもが手探り状態になってしまうだろう。そっぽを向かれてしまって、四面楚歌になっているのではないか?
団地の自治会も、前の役員がめちゃくちゃだったからといって、前の役員にしかわからないことがあり、また、どうしようもないと言われながらも、少なくとも、それを人任せにしていて自分では何もしなかった人たちに比べれば、これまでの役員さんが携わっていた様々な労務には感謝しなくてはいけない。
そして、いくら考え方が違おうと、相手のいうことに同意できなかろうと、その人に対する敬意を忘れてはいけないと思う。
人の意見を否定することはあろうとも、その人をこき下ろしたり、虫けらのように扱ったりするのは言語道断だ。人は尊重しなくちゃいけない。意見には耳を傾けるべきだ。一通りは話を聴き、それから反論を言うべきだろう。聞きもしないで、相手を否定し拒否するのはいけない。
自分が正しいと信じ、人の意見を聞き入れないということは、危険なことである。
そんなわけで、ゴールデンウィークとはいうものの、ドライブにも行けず、奮闘中です。
考え方は十人十色である。違いを認めつつ、拒否したりしないで、仲良くやっていこうではないか。雨降って地かたまるとよいのですが・・・。
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うわのそら

2011-04-29 23:58:52 | 日記
イギリスの皇室では、本日結婚式が行われたそうである。実家に電話をしたら、母がずっとテレビ中継を見ていたと言うので、へえ~と思った。
もっとも、このニュースは数日前にテレビで聞いたことがあったが、いつ、どんなふうに、などということは、まるで知らなかったし、ほとんど関心もない。

今日からゴールデンウィークである。いつもだと、行楽ラッシュが始まったなどというニュースが流れるが、今年はそんなニュースも見ていない。しかし、高速はやっぱり渋滞したらしいけど、みんなどのくらい出歩いているのかな?これについてもピンとこない。

さりとて、地震の被災地がどうなっているのか、という心配や関心もだんだん薄くなり、原発への対応策についても、だんだん当事者にお任せ風な雰囲気になってきた。福島の避難区域の人たちは、今も変わらず、いつ解決するという見通しもないまま、苦痛の日々を送っているはずだが、当事者でない人たちはだんだん忘れてしまう傾向にある。これもよくない。

昨日、4月の勤務報告を新しい上司に提出した。
4月29日のところに、「緑の日」と自分で書いてあったのだが、ふとカレンダーを見ると、「昭和の日」と書いてあった。あれっ?「天皇誕生日」って「緑の日」になったんじゃなかったかな?昭和天皇だから「昭和の日」なのか。では、「緑の日」とはいつ?カレンダーを見ると、5月4日だった。ゴールデンウィークはいろんな日があって、何が何だかわからない。あわてて書き直して提出した。

イギリスの皇室は、今日は金曜日なのに、なんでこの日を結婚式に選んだのかな?
日本では昭和天皇の誕生日だけどね・・。御存知の方教えて~

昔、ダイアナ妃の結婚式の時には、関心があったものだ。どんなドレスを着るかとかね。
今年は、イギリスも不景気なので、贅沢なことはしないらしい。ダイアナ妃のころのほうが盛大だったのか。
ダイアナ妃はほとんど私と同世代だ。もう、子どもの世代が結婚だ。年を取るわけだ。
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明日から大型連休

2011-04-29 00:40:41 | 日記
やっとゴールデンウィークだ。このごろ、集合住宅のことでいろいろと忙しくて、なにもかもが上の空のような毎日。夕飯も落ち着いて食べられない状況だ。

でも、仕事のほうは例年並みに、ようやく暇になってきた。
書類の山が消えたのはいいが、単調な資料づくりが続き、かなり苦痛でもある。
仕事が尽きたところで、ちょうど休みになってよかった。

私の場合、仕事はカレンダーどおりに出勤する。
飛び石部分を休みにして10連休にする人が多いが、そんなに休んだらボケてしまいそうだ。連休は3日がいいところだ。

なんか、毎年同じようなことを書いているような気もするが、
今年は実家以外に、行き先は何も考えていない。
家で掃除でもしていることになりそうだ。

それにしても、10日間休みを取る人などは、月の3分の1も休んでどうするんだろうか。
正社員は月給だからいいけど、パートタイマーにしてみると、ゴールデンウィークの分だけ収入が減ってしまう。困ったことだ。

友人などは飲食業なので、特に休みはないそうだ。
休みがないのもきついけど、そんなにいっぱい休みはいらないし、そのぶんの収入をなんとかしてくれ~と思う。有休休暇がいっぱい余っているから、ゴールデンウィークを有休に充てられたらいいのになあ~。もともと休みだからどうしようもないよね。








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駐車場の抽選

2011-04-28 00:52:24 | 運転・車・道路の事
公営住宅に引っ越してきて、1年半くらいになりますが、駐車場というのは、6月を区切りにして2年区切りの契約になっているようです。それで、まだ2年経たないけれど、来月で契約満了となり、再申し込みが必要になりました。
そこで、新規に抽選で置けるかどうかが決まるのだそうです。もし抽選で外れたら、近隣の民間の駐車場を探さなくてはならなくなります。

申込書を見ると、希望の駐車位置番号を3つくらい書いて申し込むようになっています。つまり、今自分が置いているところに置き続けたくても、別の人がその場所を希望して、その人が当選したら自分はどかなくてはならなくなる。なんか、ショックです。

自分もまた、別の人が既に置いている場所で、自分が置きたい場所があれば、そこを希望してもよいということになるけど、なんか、駐車場の争奪戦、椅子取りゲームみたいでいやだなあ。一応、今のところまだ空きがあるので、今置いている場所と空いている場所の番号を記入することにしました。新規加入者が多くなければ、たぶん大丈夫じゃないかと思いますが。

それで、手続き書類としては、車検証の写し、免許証の写しが必要です。当然のことながら、車検が切れていたらだめだし、免許証がなくてもダメ。特別の事情がない限り、免許証とクルマの所有者と住宅の住人が同一でなくてはいけません。

しかし、駐車場の権利が、こんなに短期間しか保証されないものでよいのかなあと思います。クルマなんかそう簡単に処分できるものでもないし、急に置けなくなってしまった人は、もし近隣に適当な駐車場がなかったら、どうすればいいのでしょう。クルマを買うときには車庫証明などきちんとしていたのに、車庫がなくなるとは。
最初に契約した人を優先的に継続させるわけにはいかないのでしょうか。

逆の立場だったら、あとから来た者は、いつになっても置くことができないのかと不満に思うだろうから、やっぱり2年ごとの抽選が平等なのかな。
車検と免許の確認の意味合いも強いのかもしれない。

今日は、書類を準備するために、コンビニで車検証と免許証をコピーしてきましたが、これらの本物をコピー機の上に置き忘れたりしないように、注意を払いました。貴重なものをコピーするときは要注意ですね。以前、何かの収入証明のために、給料明細書を数枚並べてコピーしたまま、原物を忘れてきてしまったのですが、気がついて取りにいったときはもうありませんでした。人の給料明細書を持ち帰ってどうするつもりかな。

まあ、とにかく、早くきちんと手続きをしないと、駐車場に置けなくなってしまうので、さっそく申し込みをしようと思います。
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ちょっとすっきり

2011-04-27 01:07:33 | 日記
自治会のことで、不透明な部分が、今年度にも及びそうな状況だった。
出発から「事実とは違うつじつま合わせ」みたいなのは、絶対に許せない。
それは夫も同じだった。
それで、正論で動いてみたら、問題が解決したのだ。
夫の行動力は見直した。私も思ったことは言わないと気が済まない性格なので、
いろんな人に思ったままをガンガン言ってしまった。
自分一人では動けないことも、夫と二人だったので、やりとおすことができた。
みんな自分よりずっと年上の人ばかりだが、却ってそれが良かったかもしれない。
夫はぐじぐじした性格ではなく、人前で意見がはっきりしているし、
自分の信念に従ってすぐに行動に移す人間だということがわかった。
周りの人も理解してくれたようだったので、それもとてもうれしかった。

あんまり喜ぶとぬかよろこびになっても困るが、
これからも難関を越えて、頑張って行こうと思う。
やはり、人にはまごころが必要だ。
人はそれぞれ考え方が違うから、どうしても理解できない部分があったりする。
同じ考えの人なんていないのだから、どうしても摩擦が起きる。
でも、どんな人にも長所はある。

同じ住宅に住む限り、温かい人間関係を築いていきたい。




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疲れ

2011-04-26 03:34:26 | 日記
仕事から帰り、自治会のことでバタバタして、簡単な夕飯を食べたら寝てしまい、目を覚ますと夜中の1時を過ぎていました。
最近、大変な状況になっているのです。
団地の前自治会役員がめちゃくちゃなことをしていて、これから建てなおさなくちゃならない。前回の役員の一部腐敗した人たちにはお引き取りいただき、新たに出発ですが、役員をするような人はいなくて、自分とてそんな力量もなく苦闘状態です。

色々目の前にやらなきゃいけないことがあるのですが、それと同時にふと思いだしたのは、放送大学の「問題発見と解決の技法」とかいう科目があったなということ。問題はもう山積みですが、その解決方法の見出し方、対処法を教えてもらいたいと切に思いました。この科目、面接授業もあったようですが、実際の演習のようで面倒くさそうな科目だなと思い、敬遠していました。
今、教科書の概要を調べてみると次の通り。
「私たちは職場だけでなく,地域や個人の生活においてもさまざまな問題に直面し,何とか解決方法を見つけようと悩んでいる。問題解決の仕方に方法があるのであろうか。ここでは問題とは何かから始まり,問題の見つけ方,解決の手順,解決に必要な情報をどのように収集・整理し分析するのか,解決に必要な考え方とは何かなど一連の過程を通して解決策を見いだしていく科学的技法を学ぶ。また,その過程で思考や発想などを目的に沿って他人に伝え,理解してもらうための基本的な技術を習得する。そして,ここでの学習が実際に応用できることをねらいとして,さまざまな分野から問題解決の具体的な事例を集めて紹介する。」
教科書買って読んでみようかな。

それから、「心理学」も必要だなと思いました。自分が正しいことを言っても、それが人々に伝わらないこともあります。それから、かたくなに何かに固執してしまう人の心を、どうやったら解除することができるか。老人の心理状態や行動なども知りたい。

そして、「会計学」や「簿記」なども必要。団地の自治会の会計はやったことがあるけれど、以前は前の人に倣って記載していただけだった。単純な場合はいいけれど、項目の分け方や共有部分の費用の分配の仕方、その場合の領収書の扱いなど、わけがわからない。素人集団がやっているのでしっちゃかめっちゃかだ。
かといって、自分も何も知らないから改善の方法もわからない。

会計報告の仕方や、総会の進行の仕方などもよくわからない。例えば、住人の何割が出席すればいいとか、欠席者が委任状を出すとかの方法など。組織の運営の仕方というのかな。
どこまでが役員が独断で決めていいのか、多数決で決められることと、一部の人でも支障があっては困ることなどの扱い。

それから、地域住民や社会の成り立ちみたいなものも勉強する必要がある。
様々な条件の違う人たちの集合体で起こる軋轢。

実は、貧しい人のお金が豊かな人の金銭感覚に合わせて使われている。
例えば、生活保護や国民年金で暮らしている人たちの自治会費が、近所のお屋敷や高級マンションの人たちとの親睦のための宴会会費になったり、わけのわからない町内の研修旅行の万単位の参加費になったりしている。
貧乏人のお金を集めて湯水のごとく使うとは何事なのか。

そういうことを阻止しようと立ち向かうことに、多くの人間は諦めている。自分は何もしたくない、楽をしたいから、ちょっと大変でもお金を払っておけばいいと思っている。
長い物には巻かれろと思っているのだ。

また、弱者という名目で優遇されすぎる人たち。
老人はなにかと優遇されているが、年金で暮らす老人が貧しくて、壮年が豊かだというのもあてはまらない。今では非正規社員も多いので、厚生年金をいっぱい貰っている老人よりも、壮年のほうが収入が少なかったりするのだ。老人はヒマを持て余して暮らしているけれど、壮年は生活のため、子育てのためにひたすら働く。金も時間もない、なんとかしてくれだよ。

書いていることが支離滅裂になってきたけど、様々な問題に対処する知識ってのも必要。これから知識を得るなんて遠回りのようでもあるけれど、実際に格闘しながらも、必要なことでもあると思います。

様々な職種の人は、組織の中で人をまとめる術や説得する術などを研修などで習得することが多い。そういう機会がない人間には、なかなか身につかないもので、あまり社会性のない人々が集まる集団では、リーダーシップが取れる人も少なくまとまりがない。

地域には問題が山積みである。
いろんな人が暮らす集合体のなかで、できうるかぎりみんながすごしやすく、楽しく暮らせるようになったらいいと思います。






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投票率と議員報酬

2011-04-24 22:44:50 | 日記
某ブログによると、
私の住んでる区の今日の区議会議員選挙の投票率は40%を下回ったそうだ。
やはり関心がないようだ。

そして、議員の年間報酬は、1000万円を超えるそうだ。
すごい給料なんだね。

それで、どうしようもない議員(まともな仕事をしていない)が数多く当選しているのだそうだ。
へえ~、そうなのか。

今まで、政治に関心を持ったことがなかったので、驚いた。

これからは、もう少し議会だよりなどに目を通して、
誰がちゃんとした議員なのかそうでないのかに目を光らせようと思う。
それにしても、給料の高さには驚きである。

あまりにも、高すぎる。
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区議選

2011-04-24 09:30:07 | 日記
今日は、区議選の投票日なのだそうだ。それがわかったのが3日くらい前だった。そういえば4月の20何日が投票日だとは思っていたのだが、あまりにも早い。
しかも、街中に候補者の掲示板が設置されたのは知っていたが、選挙カーや選挙演説は見たことも聞いたこともなかった。だから、まるで実感がわかない。
いったいどんな候補者がいるのだろうか?掲示板を見ただけでは顔と名前くらいしかわからないし、人数も多すぎる。
それでは、今までは誰に入れていたのか考えたら、前回の選挙は引っ越し前の事だったので、そっちの地域の近所の人が推薦する人に入れていた事を思い出した。候補者本人のブログなどを見ると、特にぱっとしたものではなかったが、推薦人の話では、福祉や医療、教育など様々な有意義な活動をしているという具体的な説明があった。
でも、今回は地域も違うのでその人に入れるのはやめた。

選挙らしい雰囲気を多少なりとも感じたのは、昨日が初めてだった。まず、地元で選挙カーに1台だけ遭遇し、候補者の名前が聴こえて来た。それから電車に乗って放送大学の多摩学習センターに行くと、そこは小平市であるが、選挙事務所が設置されているものがあった。それから、別の場所で男性の候補者がお付きの人数人と街中をチンタラ歩いているのを見た。休日の朝とあって、通りには市民がほとんどいないので、手を振るなどの意識がまるでない。それにしても、もう少しはつらつと歩けないものか、あんな姿を見たら絶対に投票はしないぞ。候補者は視線を感じたのか急に身を正したが、ま、私は市民じゃないから関係ないけどね。

さて、今日は投票に行かなくてはならない。自分の選挙区で誰にいれようかと、今朝になってネットで区議会議員候補者などと文字を入れて検索したが、都知事選などとは違って思うような情報が取れなかった。一部の候補者の個人のHPを見ることができたので、数人のものを適当に開いてみた。

昨日、たった1台遭遇した選挙カーの候補者のHPも読んだ。地震の後、東京都では調布の味の素スタジアムに福島県の被災地の人たちが避難してきているが、そこに150個のおにぎりを差し入れた記事があった。このときはまだ東京都から食事の提供がなかったそうだ。食べ物は手作りのものは受け付けてもらえないので、地元のコンビニを7軒回っておにぎりを買い集めたという。私が毎日昼ご飯を買っているコンビニだった可能性もかなり高いことがわかった。そういうわけでおにぎりがなかったのか、と思ったが、その人が買い集めた日は休日だったので関係ないことがわかった。でも、そういうこともあるのだなと納得した。味の素スタジアムは、私が車を運転するようになってからよく走る場所にあるため、身近に感じる施設でもある。

区議会議員は区民のために働くのが基本ではあるが、実質、人間の活動地域に境界線はない。日本全国の人間(この人の場合、福島は出身地らしい)に思いやりを持ち、行動できることも当然の基本である。

地方出身の東京都民で、年齢も近いし、やっている行動も納得できるので、この人に入れようかなと思っている。
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電気を使っても原発反対

2011-04-24 02:50:10 | 日記
自分が電気を使いながら原発反対はできない、と言う人がいる。
原発反対というなら、電気を使うな、などと言う人もいる。
ブログ発信も電気を使っているからダメなのだそうだ。

そうでしょうか?
それでは、誰も原発廃止を訴えることはできなくなってしまいます。
日本全国、電気を使わないで生きているひとなんていないのですから。

これから、縮小していきましょうとか、
別の発電方法を開発していきましょう、と
提言することはできるでしょう。

原発を無くしたら電気がすべてなくなるというわけではないでしょう。
今でさえ、100%原子力で発電しているわけではないのですよ。

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面接授業

2011-04-24 02:05:38 | 放送大学

今日は、先週に引き続き、後半の面接授業を受けに行った。
それが、疲れたのなんの、帰宅して夕飯を食べたら、もう眠くてしかたなくなり、それから正体もなく眠りこけて、目を覚ましたら、夜中の12時半だった。
しかも、目を覚ましたときは、朝かと思うほど、自分がいつ寝たのかも忘れていた。

朝から夕方までの授業は厳しい。
受けるほうは座っているだけでもこんなに疲れるのだから、講師の先生のほうはさぞかしお疲れだろうと思う。

授業は大気についてのものであり、身の回りの空気に関する広範囲にわたる内容だった。
天体である地球の大気の成り立ちから始まり、オゾン層破壊の問題、日本の大気汚染などの公害の経緯、最後は身近な街中の空気や、室内の空気状況に至るまで、もりだくさんな内容だった。そのため、かなり駆け足だったが、振り返ってみると空気に関する一通りのことを教えていただいたようだ。
今は、原発事故の放射性物質拡散の問題なども深刻だ。今後は、この授業で教わった知識をきっかけにして、もっといろいろ環境について考えて行きたいと思う。

2月頃聞いた日経新聞の人の話によると、現代を考えるキーワードの1つが「環境」なのだそうだ。そのときは、まだ地震も来ていなかったし原発事故もなく、二酸化炭素排出による地球温暖化問題が重要だった。そのためエネルギーは化石燃料から電気(原子力発電を意味する)へと言う方向性であったが、この原発事故によって少し方向性が変わりそうだ。人類はこれからどう進めばいいのだろうか。

某ブログによると、江戸時代に戻る(質素な生活)のが、滅びから救われる道かもしれないと考える人もいるようだ。

今日、駅の近辺では地下道と地上を結ぶエスカレーターが節電のため止まっていた。数年前、エスカレーター設置の署名というのが自宅に回覧板で回ってきたことがあり、それによってできたエスカレータである。私はそのときわざと署名をしなかった。それで、隣のおじさんに文句を言われた。署名というのは悪い内容ではないものだから回ってきたら名前を書くのが常識だ、ということだった。しかし、私は一日中動いているエスカレーターはエネルギーの無駄だと思った。確かに、身体の不自由な人にとってはあり難いものかもしれないが、エスカレーターは車いすの人が使えるものではないし、だいたい上りだけのものであり、膝の痛い人などは、むしろ下りるほうがきついのだそうだ。署名をしなかったのは変人で頑固だったが、今日は「ほらみろ」と正直思った。今現在は、そこにはエレベーターも設置されているので、必要な人はそれを使えばよく、歩ける人は自分で階段を歩く。エスカレーターは止まっていても支障はない。最近は節電のため止まっているエスカレーターが多い。

今や「人間が生きるための大気を守ること」と「エネルギーの問題」は、直結している。
安全な空気を失ってまでエスカレーターを使う人はいない。
どっちを選択するかは、知れたことである。

話が面接授業からそれちゃったけど、空気をたいせつにしよう。
ちなみに、空気はなぜ見えないのか?
空気を構成する主な成分の窒素と酸素は、可視光線を吸収しないからだそうです。
空気が見えたら、変な成分が混じっているということですね。
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教習から2年

2011-04-22 23:12:52 | 運転・車・道路の事
ネタがない時は、過去の今頃の自分の記事を見ることにしています。

自動車学校に通っていたのは、ちょうど2年前だ。今頃は第一段階の終わりのほうだったようだ。本当に自分に免許が取れるのかどうかと不安になっていた時期だった。
あれから、2年。めでたくクルマの運転を普通にしている。本当によかった。

ただ、軽自動車ムーヴの運転に慣れているだけに、それ以上に大きいクルマには到底乗れそうもない気がしてきた。今となっては教習車も大きいだろうなあ。

もっと若くして免許取ったら、いろんな車に乗ってみたかったな。自分にはどうも空間感覚がない。特にバックは難しい。車庫入れは何度やってもばっちりとはいかない。特に夜は、自分の駐車場でも位置を補正しないと入れることができない。
目印があればいいのかもしれないが、未だにこれと言った位置の目印を見つけることができない。
自分のクルマがどういう軌跡を描いてバックしていくのか、予測できない。

クルマを買って2日目くらいに、右にハンドルを切ってバックした時にクルマの左前を電柱にぶつけてしまった。
それ以来、気をつけているので、車に傷をつけるようなことはしていなかった。
だが、先日、狭い道路で左に曲ったところに対向車が待機していたので、すれ違うため、なるべく左によって左折したところ、内輪差でクルマの左後部が、ガードレールのついた縁石の曲がり角あたりにぽこっとぶつかった。クルマのどこが何にぶつかったのかはわからず、特に傷はなかったものの、確かに軽くぶつかった。ああ、車幅感覚わかってないなあ。
普段は路上に駐停車するときにも、あまり左に寄っていないことが多いが、きっちり寄せようとしたら、ドブの蓋にタイヤが乗ってペコンと音がしたことがあった。自分では、蓋の上に乗るとは思っていなかったから、あきらかに予想より左に寄っていた。やっぱり位置感覚が不確かだ。

こんなの、何年乗っても、同じことを繰り返しているだけのような気がする。
困ったことだ。
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スーちゃんが亡くなった

2011-04-21 23:29:15 | 日記
さっき、テレビで元キャンディーズの田中好子さんが亡くなったという速報が流れた。
信じられない。つい最近までテレビドラマなどに出ていたように思う。
私はキャンディーズの中では、この人が一番好きだったし、中年になってもかわいくてステキな女性で、女優として母親役などを演じ、いい仕事をしているなあと思っていた。
ご主人の会見では、平成4年に乳がんになり、早期発見で治療をしていたが、昨年再発転移してしまったそうだ。
年齢は55歳。まだ若いのに・・・。

私の従姉妹も、一昨年乳がんで亡くなったばかりで、やはり52歳くらいだった。
従姉妹の場合は、乳がんになっていたことに気づかないまま、病院にかかったときには肝臓などに転移してしまっていたので、入院して数日間であっという間に亡くなってしまった。病気になったことも知らないうちに、いきなり訃報が届いて本当にショックだった。

自分もその年代なので、気をつけなくてはいけないなあと思う。

好ちゃんの場合、発病から10年以上も経って、急に再発悪化したなんて。
以前にそんな病気をしたなんて知らなかったし、ずっと元気だったと思っていた。

これからずっと歳を重ねて活躍していく姿を見て行けるはずだったのに、それができなくなってしまい残念です。
ご冥福をお祈りします。

追伸
つい最近見た、主演のドラマを思い出しました。
てのひらのメモ」 一人の主婦が裁判員になって事件の真相を洞察するドラマでした。
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ナスタチューム

2011-04-21 19:14:42 | 植物・花・木
昨年の3月に買ったナスタチューム

買ったばかりのころ



ゴーヤと一緒にプランターに植え替えた。昨年5月



今年の3月初め



葉が茂り、花が少し咲き始めた。

4月


だんだん花が増えてきた。葉っぱもこんもりしてかわいい。



そして、今。
咲きすぎ!

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女の声

2011-04-21 18:32:19 | 日記
会社の部署換えで新しい席になり、落ちつかない毎日を過ごしているが、気を散らされるものの1つに、「女の声」がある。
今度の席は、会議室の近くにあるのだが、そちら側にパーティションがないので、会議のために人が出入りする時もうるさいながら、会議中ドアが閉まっているにも関わらず、中から聴こえてくる、女の声がうるさい。
男たちも声を発していないはずはないのだが、なぜか女の声が響くのである。トーンが高い。

そういえば、語学の教師は女がいいと、何かの本に書いてあった。
たしかに、女の声は聞きやすいのだ。だから、街中の各種音声案内やアナウンスは、みんな女の声なんだろう。
聞きたい場合は女の声がいいのだが、聞きたくない場合、女の声は迷惑なものだな~。

普段は、明朗で明るくて、いい感じと思っている人の和やかな笑い声さえ、仕事を妨害する。いつも、早口で発音が悪く、何を言ってるのか理解するのに苦労をしてしまう女がいるのだが、この女の声も、意味不明ながら声だけは響いてくる。

私の席は、会議室の前であり、休憩室も近く、最悪だよ。
この辺りの人は今まで仕事に集中できなかったんじゃないかな~。
私の席は元印刷機だったけどね。

あ、そんな場所だから、やっぱり非正規社員の席になったんだろ~な~

女の声はうるせえな~

と言う私。女だったぞ。
私の声も実はうるさい。スミマセン・・
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パーティション

2011-04-20 23:56:00 | 日記
以前も書いた事があると思うが、「自分のところだけにあるべきものがない」という体験をよくする。例えば、セミナーで配られた数枚セットの資料のなかの1枚が、私のものだけ欠落していたりするのだ。

4月になって、会社では配置換えがあり、仕事内容は変わらないものの、自分の席が変わった。私の移動先は、もともと机の置いてないところだった。
社員はそれぞれキャスターの付いた袖机とパソコンと自分の荷物だけ持って別の席に移動し、それで終了したのだが、私の行った先には電話がなかった。
机はセットしてもらい、電話機は空席から調達してきたものの、電話線が席まで来ていない。電話線を近隣から引っ張ってこようとしたら、パーティションで区切られていて、線の先についた差し込みプラグがパーティションの隙間を通過することができない。裏や下から通過させるのは無理だったので、パーティションの上を乗り越えてようやく自分の席に置くことができた。
ところで、パーティションは、机をコの字に囲む形が普通だが、電話線を通したいほうにはしっかり設置されているのに、反対の通路側には何もなかった。
だから、スカスカで丸見えで、落ちつかない。集中できないので、仕事の効率が落ちる。

パーティションが欲しいなあ~
しかし、こういうものを要望していいものかどうかがわからない。
パートタイマーのおばさんだから、もともとなくていいだろうという前提のもとにその席を決めたのかもしれないし・・・。
もちろん、パートタイマーでも、あるべきものが欠落しているのは、私だけですけどね。

なんか、組み立て直すのも結構大変そうだから、いったい誰がやるんだろう。
今までは業者がやっていたと思うけど、今回は大掛かりな配置換えではなく、他にパーテーションを組み直す必要がある人はいないみたいだ。

とりあえず「できればパーティションがあったほうがいいのですけど」と要望してしまいました。

さて、最近も仕事は忙しい。相変わらず尽きない書類の山。
なんでいつまでも暇にならないんでしょうね。
疲れる・・・
ゴールデンウィークまでもう少しの辛抱だよ。

追伸:
パーティション(間仕切り)と言えば、避難所の体育館などにもあったらいいですよね。
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