読者登録をしているブログの中に、世田谷文学館の企画展のことが書いてあるのをみつけ、興味をもちました。それで、さっそく行ってきました。
水上勉は知らない作家ではありません。いや、考えてみると、実際に至近距離で顔をみたことのある唯一の作家です。
普通の作家だったら、顔なんか知りませんから、まず、名前を聴くと著書がアタマに浮かぶのですが、水上勉氏に関しては、まず顔が浮かびます。それから、「舞台」が浮かびます。水上氏を初めて見たのは、劇場の一番後ろの席でした。並んだ席の2~3個空けた左を見ると水上勉が座っていました。
文学座公演「飢餓海峡」の時です。主演は高橋悦史、太地喜和子。(いずれも既に他界されています。)水上勉氏は、自分の作品がどのような劇になったかを確認するためにいらっしゃったのでしょう。
それは、私が高校時代のことで、同じ演劇部の親友と「ねえねえ、そこにいる人、水上勉じゃない?」「あっ、そうだ。本物だよ」等とひそひそ話して興奮したものでした。
今思うと、それが水上勉とわかったのは、どこかで写真でも見たことがあったからなのでしょうか?
その当時は、「越前竹人形」も劇を見ました。主演は中村嘉葎雄、八千草薫。中村嘉葎雄が竹人形を作る人でした。どっちの劇も、人が背負っている運命みたいな、暗いイメージがありました。
今回の展示を見て、年譜により知ったことには、飢餓海峡は1962年、越前竹人形は1963年に刊行されています。私が演劇を見たのは1970代後半でしたので、小説が書かれてからはかなり経っていたことになります。この当時、水上氏は50代です。いろいろな文学賞も取り、多くの作品が知られ、油ののってきた時期だったようです。
今、年譜を見ると、記憶にあるタイトルでは「ブンナよ木からおりてこい」は珍しく子供向けの作品のようですが、これも著書だったのかと気が付きました。「雁の寺」「五番町夕霧楼」「くるま椅子の歌」「金閣炎上」「良寛」等も、題名が記憶にあります。
そして、今回の企画展のメインテーマとなっている「働くことと生きること」は、1982年63歳の時に刊行された本だということが分かりました。思えば、かなり古いです。
水上勉自身が、これまでいろいろな仕事経験を持ち、それらの仕事について綴ったものだそうです。(僧侶の修行・薬の行商・役所務め・労働者の監督・出版編集業・代用教員・洋服の訪問販売など)
また、水上勉が目の当たりにして強い印象を受けた人の姿から、働くことや携わる仕事について綴っているようです。(棺桶を作る人・竹かごなどを作る人・火葬場で働く人)
割に合わない仕事・世間で嫌われる仕事でも、それを黙々とこなすことの意味。
展示では、その水上勉の文章に対して、地元の中学生たちの感想文が紹介されていたのが印象的でした。世田谷文学館では、中学生の職業体験(文学館の仕事体験)として、企画展の展示を手伝うというのが行われているそうです。
「働くことと生きること」は水上勉が若い人に向かって、何かのたしになれば、という気持ちで自分の経験を書かれたものであるそうなので、この本の内容を読んだ上で展示を作り上げるということは、中学生にとってはさらなる人生勉強になるわけですね。
そして、その展示を見る人々もまた、水上勉のメッセージと中学生たちのメッセージの両方を知ることになり、さらにそういう取り組みをしている地域の活動をも知ることができるという、様々な相乗効果があることに驚きました。
「働くことと生きること」という本の内容は、展示で抜粋されて紹介されていましたが、やはり実物をすべて読んでみたいと思いました。しかし、残念ながらこの本は現在再版が出ていないようで、書店などで普通に買うことはできないそうです。
水上勉の言葉。(「働くことと生きること」より)
「自分が何に向いているか。何を職業としたら、貧乏ぐらしでも満足か、ぐらいの、境界線だけはもって欲しいと思う。金はかからぬ。心のことだから。」
この言葉を受けて、私は自分の今の職業について考えてみました。貧乏暮しではあるが、自分に向いている仕事ではあるかなと思います。それが自分の本分だし、多少世の中の役にもたっているでしょう。働きが少ないので、収入が少ないのはしょうがないです。
金さえもうかれば何でもよいとはけっして思いません。
世間の人間は、その人間にふさわしい仕事というものに就いているのでしょうか。
合わない仕事に就いている人もあるのかもしれませんが、50代にもなれば、自然に、その人らしい職業に行きついているのかもしれません。
私もアルバイトも入れれば、いろいろな仕事をしたことがあります。10年続いている今の仕事は天職なのでしょうか。それともさらにどこかに行きつくのかわかりません。
水上勉氏が、「仕事に向き合う人の姿」というものについて、深く受け止めていることをこの展示を見て知ったので、改めていくつかの著書を読み直してみたいと思いました。