孤独死とか孤立死ではなく、その友人には、上野千鶴子氏の言葉を借りて「在宅ひとり死」がふさわしい。
歳は10歳以上も上だったけれど、某団体の同期だったので、タメ口で愚痴を聞いてもらったり、時には聞かされたり、憎まれ口も言える、20年以上にわたって毎週顔を合わせる存在だった。
グリーンズ・テイブルにも時折コメントを残してくれた。
突然死。
町内会の方のおかげで、比較的早い段階で発見された。
数年前、「死んだあと、見られてもいいようにメールは全部消した」なんて言っていた。
無意識の予感ってあるのかな。
意識が遠のく瞬間、突然の終わりに戸惑っただろうか、それとも、ほっとしただろうか。
「在宅ひとり死」はこれからますます増えるだろうし、また、残された遺族が片付けを担うのだから、本人だけの問題ではない。
一人暮らしの立場では安否が周囲にわかるように、その親族は安否確認を怠らないように、お互い気遣う大切さをつくづく…
「んだから、相手にするなって、同じレベルになるなって」言われたことが蘇る。
あの、人懐っこい満面の笑みはもう2度と見られない。
画像は今夕。