坂の途中の家 | |
角田光代 | |
朝日新聞出版 |
凄い。
傑作、という言葉では言い尽くせない凄みがある。
文句なく、今年読んだ小説の中では群を抜いている。
主人公の女性が周囲の人たち(娘、夫、義父母、友人…)との間の価値観の齟齬を感じるや否や、坂を転がり落ちるかのように孤独と不信と焦燥に陥っていく様が物凄いリアリティで描かれていく。
そんな主人公が唯一共感を覚える相手が、補助裁判員として関わることになった実の娘の殺害の罪に問われた被告人の女性であった。
もちろん主人公は被告人の女性と言葉を交わしたことはない、これからも交わすことは決してないであろう。
だが、一つ間違えれば自分自身が被告人の立場になっていてもおかしくなかったのではないか、と考え込んでしまうような深い共感に主人公は囚われていく。
そしてその共感は、他の裁判員たちにはまったく理解されない、話がまったく噛み合わない。
おかしいのは周囲なのか、それとも自分なのか?
事件の真実はいったいどこにあったのか?
すべては闇に包まれていく。
このように、すべてを自分自身で受け止めて、悪い方へ悪い方へと深みに落ち込んでいく感覚は、出産・育児の経験の有無にかかわらず女性特有のものではなかろうか。
この繊細さは男性には表現できない。
角田光代が小説家としての一つの頂点を極めた一作と言ってよいのではないか。