大戦前夜のベーブ・ルース: 野球と戦争と暗殺者 | |
ロバート・K・フィッツ、山田 美明 | |
原書房 |
1934年11月、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグを中心とした大リーグ選抜が来日し、全日本選抜チームと対抗戦を行ったこと、そして、その中の一試合、静岡・草薙球場で当時17歳だった沢村栄治がメジャーリーガー相手に伝説の快投を行ったことは知識としては知っていました。
本著は、その大リーグ選抜の日本遠征を巡るドキュメンタリーです。
単に、野球の試合の模様に留まらず、当時1ブロック紙に過ぎなかった読売新聞を本イベントをきっかけに大新聞化しようとしていた正力松太郎の野望(本遠征で結成された全日本チームが、その後の読売巨人軍の母体となる)、台頭する軍部の国家主義的青年将校たちの暗躍、沢村栄治のその後の哀しき生涯、遠征チームのメンバーであり後にCIAなどのスパイとなるモー・バーグ捕手を巡る疑惑の検証など、多様なエピソードで当時の世相が描かれます。
驚かされるのは、来日した大リーグ選抜に対する日本国民の歓迎ぶり。
東京駅から銀座通りを巡る最初の歓迎パレードには相当な人が押し寄せ、大混乱を極めたとのこと。
当時の民衆はメジャーリーグの試合など観たこともなかったろうに、そこまで熱狂するという感覚が今となってはちょっと信じられないくらい。
1934年、昭和9年と云えば、満州事変、五・一五事件、国際連盟脱退など、日本が国際社会から孤立を深めつつあった時代。
その時世に、僅か7年後には敵国となる米国のスーパースターたちを屈託なく歓迎したという事実は不思議な感じがします。
当時、ベーブ・ルースは現役生活の最晩年に差し掛かっていましたが、そもそもよく来日を決断したな(だいぶ渋ったようですが)という思いを抱くとともに、本著で紹介される愛嬌のあるショーマンシップや女性関係のだらしなさなども、あまりそういう印象を持ってなかったので興味深く感じます。
もともと日本人に読ませるために書かれた本ではないように思うので、やや説明的で事実の羅列のように感じられるところはあるし、内容にどこまで信憑性があるのかやや怪しいところもありますが、戦争に向かっていく不穏な時代の奇妙にうわついた雰囲気を味わうことはできる一冊です。