魚の経済学―市場メカニズムの活用で資源を護る山下 東子日本評論社このアイテムの詳細を見る |
普段深く考えたことなどあまりない水産業あるいは漁業。
何となく農業と同列にあるようなイメージでいたのですが、明らかな相違があることに、冒頭の一節で気づかされます。
農業や畜産業は、人間が品種を改良して作り育てたものを収穫するのに対して、漁業は天然資源に直接働きかける産業なのだ、という考えてみれば当たり前の話。
天然資源だから量に限界がある。
獲り過ぎれば枯渇してしまう。
ただし、天然資源といっても、自然に再生産されるところが石油や鉱物資源とも異なる。
獲り過ぎずに適量を漁獲していれば、永久に持続できる。
ところがその適量をコントロールするのがきわめて難しい。
日本ではサンマやマアジ、マイワシなど7つの魚種にTAC(漁獲可能量)を割り当て、漁獲の総量規制を実施している。
が、TACの範囲内では早いもの勝ちの熾烈な競争になる。
激しい漁獲競争が、漁船の燃料消費や光源利用などエネルギー消費の増大をもたらし、コスト高で漁業従事者はますます疲弊する構造がある。
2008年の原油価格高騰時に全国の漁業者がストライキをしたというニュースがありましたが、その背景にはそのような事情があったとのこと。
…といった感じで、現在の水産業が抱える様々な問題点・課題が、生産、流通、消費といった様々な側面から、経済学的な考え方を当てはめながら紹介されています。
個人的に興味深かったのは以下の点など。
・同じ漁場で獲り同じ市場に水揚げした魚でも、日本船籍の船が獲ってきたら「国産」になり、外国船籍の船が獲ってきたら「外国産」になる(=消費者が思っているほど、国産か外国産かの違いに意味はない)。
・魚の自給率(重量ベース)は、次のような数式で産出される。
国内生産量/(国内生産量+輸入量-輸出量±在庫)
分母は魚の需要量であり、生産量(分子)の減少より需要量の減少が大きければ、自給率は上がる。
即ち、需要が減ったがゆえに自給率が上がるというナンセンスな状況が現に発生している。
・イクラ、タラコ、数の子など、日本人は無類の魚卵好きである。
日本が高く買ってくれるということが分かったので、魚卵を食べる習慣がなく抱卵魚を獲っても捨てていた欧州諸国からの輸入が増大した。
このように、水産物貿易の背景には、「獲れるところでは大量に獲れ、とても地産地消がしきれない」「獲れるところではあまり価値がなく、獲れないところで高い価値がある」という事情がある。
全体的に、学術書というより平易な読みものといった感じで、親しみやすい文体に著者の人柄がしのばれます。
個人的には、もうちょっと高度に経済学的な内容を期待したかった気もしますが。