年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学 | |
エンリコ・モレッティ,池村 千秋,安田 洋祐(解説) | |
プレジデント社 |
Kindle版にて読了。
最近読んだ、冨山和彦氏の『なぜローカル経済から日本は甦るのか』やタイラー・コーエン氏の『大格差』と基本的には同じ路線で社会の変化を論じている。
IT化の進展やグローバル化の拡大により、先進国の社会・経済において、従来多くの雇用機会を提供し、中間層の形成を支えてきた製造業のプレゼンスが下降している。
その共通認識のもと、冨山氏の著作では、製造業に替わってローカル経済の雇用を吸収しているサービス業の生産性や労働環境をいかに向上させるかを論じており、また、コーエン氏の著作では、中間層が喪失していく中で生まれる格差に着目し、どのような人材が格差社会の上位層となるのか、また下位層の人々の暮らしがどうなっていのかを分析・予測している。
本著では、イタリア生まれの経済学者であるエンリコ・モレッティが、上述した社会の変化が「都市間の格差」を生み出す現象に着目している。
かつて、自動車産業など製造業を中心に繁栄したデトロイト、クリーブランド、ピッツバーグなどの諸都市が没落し、イノベーション産業の集積地としてシリコンバレー、オースティン、シアトル、サンディエゴなどの諸都市が繁栄を極めている。
ここでいう「イノベーション産業」には、サイエンスとエンジニアリングに関わる業種に加え、エンターテインメント、工業デザイン、マーケティング、金融といった産業の一部も含まれている。
そして、本著の邦題にもある通り、それら都市間の格差が、その都市に住む人々の収入の多寡として顕在化していることをリサーチ結果をもとに示しているのである。
冨山氏やコーエン氏が、グローバル化したイノベーション産業に従事する高収入の上位層の所得増が、下位層へとトリクルダウンすることに、どちらかというと否定的だった(ように感じられた)のに対し、モレッティ氏は、イノベーション産業が盛んになった都市ではそれに直接従事する人々以外の層にも経済的に好影響をもたらすと主張している。
そもそもイノベ ーションの世界では、人件費やオフィス賃料以上に、生産性と創造性が重要な意味をもっており、厚みのある労働市場(高度な技能をもった働き手が大勢いる )、多くの専門のサービス業者の存在、知識の伝播という三つの恩恵を得るために企業・産業の集積が進みやすい。
そして、イノベーション産業は、いまだに労働集約的性格が強い性格をもっており、製造業よりも多くの雇用を生み出す。
一方で、いったん集積地が確立されると、ほかの土地に移動させるのが難しいということになる。
都市の繁栄には「経路依存性」があるのだ。
問題なのは 、雇用の消滅が幅広い地域で起きるのに対し 、雇用の創出がいくつかの地域に集中してしまうことだ。
すなわち、トリクルダウンを肯定してはいるものの、それは限られた都市でしか起こらないということ。
基本的な認識は、冨山氏やコーエン氏と共通しているのである。
本著は主に米国を題材にして語られているが、当然同じことが日本にも当てはまるだろう。
長期的な人口減少が間違いなく予測されている分、生き残る都市、消滅する都市に二分されていく傾向に今後ますます拍車がかかるのは明らか。
「地方創生」が提唱されているが、そのような厳しいリアリティに直面することを避ける議論しかされていないことが気になるところである。
なお、本筋とは直接関わらないが、一点興味深い考察があったので、以下メモ(引用)しておく。
・途上国は人件費が安いので、アメリカに比べて工場で人力に頼る傾向が強く、機械の使用が比較的少ない。その結果、途上国の工場は、状況の突然の変化に柔軟に対応しやすいという強みをもっている。「中国はコストが安いというイメージが強いが、本当の強みはスピードだ」と、中国でビジネスをおこなっているアメリカ人実業家は最近述べている。