樋口一葉の生涯を描いた長編小説。
樋口一葉がどのような人物だったのか、知識がなかったので、どちらかというと伝記的な情報を求めてというのが読んでみようと思った動機だった。
だが(良い意味で)意に反して、この本は単なる伝記ではなく、一人の女性の短い一生を描いたたいへん素晴らしい大河小説であった。
「あとがき」に自ら書いている通り、作者は少女の頃から一葉に対して強い憧れを抱いていたという。その想いがとても強く伝わってくる。この小説における夏子(一葉)への丹精な描きこみとして結実している。
樋口家の歴史からもたらされる境遇をバックグラウンドとして、夏子が何を思い何を求めてその短い生涯を生きたのか、繊細で正確な描写は説得力を持っており、ここまで生き生きとした人物像を形作られていることに驚きを感じたほど。
士族の娘として育ったことへの矜持、思いがけず戸主となったことに対する責任感、それらとは裏腹に隠し切れないひとりの女性としての情欲、書くことに対する心の底からの憧憬と欲求。そして、自分が魅力を感じるのは何より、夏子の人生に対する高潔さと真摯な姿勢である。僅か25年に満たず、閨秀作家としてまさにこれからというタイミングで、彼女の人生が終焉を迎えてしまったことは悲劇ではあるが、その高潔さ、真摯さが損なわれない若さのまま、樋口夏子という人間像が永遠に残されることは実は幸せなことでもあるのかもしれない。