レンコンの部屋

日常の感じた事など

誕生日

2012-11-28 21:26:32 | 日記
誕生日は1年に1回の私の日って気がします。

今まで、母の日にいじけてみたり

誕生日に不機嫌になったりと、結構面倒臭い人間だった気がします。


ここ数年、意外と素直にプレゼントをもらったり

年を取るのは嫌だけど、

でも、年を取るのも悪くないと思えることがあって

それもあって、不機嫌にならないのかもしれません。


今日は、深夜勤でした。

誕生日の当日に夜勤なんてと思っていましたが

0時1分に一緒に夜勤をする、同じ病棟の娘みたいな同僚から

バースディメールが来て・・・?って思ったけど

顔を見ては言えないのかなと思い、素直にありがとうと返事をし

午前中に、嫁さんからメールが届き

昼近くに、長女から・・・

そして、夕方には妹から、友達からと・・・

次女からも電話がきて

後は次男と、そういえば夜勤で出て行った長男からは何も言われなかったと思いながら

次男い自分から電話をして、催促のおめでとうを言ってもらい

その電話を切ったら、長男からメールが入っていて

長生きしてねって・・・

皆からおめでとうを言われるだけで嬉しかった。

苦労も多かったけど、笑うことも多かったよって


夫にも、あと何回おめでとうって言われるかなーって

話しているうちに、夫は寝てしまい


でも、本当にうれしかった。

一年のうちに、たった1日だけの自分の日。

誕生日。


自分が生まれて来た足跡、どれだけ残せているかな。

命がいつ尽きるかわからないけど

毎日、緩和ケア病棟で生きるということと向き合っているからこそ

自分も命を大切に、しっかり生きていきたいと

この歳になって、思います。

母にも、会いにいかないと、だって、産んでくれた大事な人だから・・・

お母さん、ありがとう。

家族旅行

2012-11-19 09:40:36 | 日記
週末、家族旅行に行ってきました。

夏から計画し、仕事もそれぞれ休みを取ったりして

直前に熱を出したり、風邪ひいたりでちょっと心配なところもありましたが

無事全員で、作並温泉に一泊旅行してきました。

土曜日は、アンパンマンミュージアムで昼食を食べ

仙台の駅周辺で買い物をし、

そのままホテルへ

翌日は、錦が丘アウトレットで

3時間たっぷり遊んで帰ってきました。


なにせ、大人9人、子供4人

大所帯での移動なので、まず食事は1時間近くかかるし

大人感覚での時間刻みはできず

それでも4歳、2歳、1歳半ともうすぐ1歳の子供たちは

私たちを大いに楽しませてくれました。

特に、ホテルで私たち夫婦と末の息子の部屋に

子供達を次々連れてきて

まるで託児所のようになって、夫は、孫と鬼ごっこしたり

我が子とは、こんな風に遊ばなかったなーと思いながら

やっぱり、孫となると、違うんだなーとつくづく実感して

とにかく、私は幸せだなーと思いました。


帰りに、4歳の孫が、次はいつ大きな車で水族館に行くの?って

「この旅行も終わりで、楽しかったから、次はいつ?」って思ったんだと思うと

本当に行ってよかったなって


私が子育ての頃は、実家に泊まりに行くことはあったけど

家族旅行って1度しか行ってなくて(しかも、不老不死温泉)

それなのに、大人になって、それぞれ結婚してから

家族旅行ができるなんて!!(ビックリ)

いい伴侶に恵まれて、夫婦円満、家内安泰なんだと思いました。

次に旅行計画はまだはっきり決まりませんでしたが

皆で元気でいればきっとまた旅行に行けると信じて

また、今日から頑張って仕事していきたいと思っています。

昨日、旅行に参加していただいた我がファミリーにみなさん。

本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!!

また、よかったら、旅行に行きましょうね。

子供の頃の過ち

2012-11-03 22:32:21 | 日記
最近、昭和9年生まれの方が亡くなって

その人のお葬式に参列しました。

昭和9年は母の生まれ年なのですが・・・・


そのお葬式で、弔辞が同級生から読まれたのです。

それを聞いていて、

僕たちの10代は、戦争一色だった。

勉強もしないで、戦争のために働かされていたって・・・

教科書もなく、勉強もしないまま、卒業だったって・・・


私、子供の頃、母に、この漢字教えてって

わからないから、辞書で調べなさいっていうのが母の口癖だった

だから、親なのに、こんな漢字もわからないのって、馬鹿にしていた私がいた。

ずっと、馬鹿にしていた。

勉強しないから、何もわからないんだって


でも、そうじゃなかった、かもしれないって


本当は、勉強したくても、できない時代だった。


よほどの気持ちがなければ、そのあと、自力で勉強なんて普通しないかも


私は、そんなことも考えず、

確かに思春期だったかも知れないけど

母を馬鹿にした。

そして、先日、電話で謝った。


母は、小脳変性症だから、ほとんど会話ができなくなっている。

そんな状態で私が謝ったからと言って

許してもらえるとは思えなかったけど

でも、電話口で、母は

あーあーって言いながら、返事してくれていた。


きっと、わかってくれたかな。

私の、子どもの時の過ちを、

生きている間に、母にごめんが言えて、ほんとうによかった。

これって、意外に大切かも。