『愛讐のロメラ』で恵(北原佐和子さん)が銀座に開店したバー“Megu”、恵さんが接客するカウンター立ち位置の、ちょうど彼女の右肩の上ぐらいにワイルド・ターキー8年のボトルがいつも見えて、つい「ママ、それ一本入れて、ダブルね」と言いたくなってしまいます。
ワイルド・ターキー。なんと骨太にデンジャラスでアドヴェンチャラスな、エキゾティシズムに満ちた名前でしょう。80年代を通じて憧れのラベルでした。週末コイツをトットッとグラスに注ぐ数秒感の至福のために自分は生きている…と信じて疑わなかった時代が、確かにありました。とにかく101proof、日本流に言えば50.5度ですから、“明日何もないという夜限定”。
シングルよりダブルで飲むほうが、この銘柄独特の甘みを引き出してくれると教えてもらったお店では、ドスンと底厚なオールドファッションドグラスに球形の氷をこれまたドスンとまず入れて、豪快に注いでくれたものです。度数と考え合わせると信じられないんですが、本当に甘いんですね。樽熟成のたまものでしょうね。ウッディ系の甘さ。
「今宵はグラスに、地球をひとつ」「だんだん小さくなって行く」なんて国産のTVCMもありましたっけ。
あんまり小さくならないうちに干すのが、もちろん甘みを存分に堪能するコツなのですが、さすがに2杯以上空けると、翌日午後3時頃まで脳の中ででっかい地球がグイングイン回転してましたね。
…4時過ぎると「よし、スッキリしてきた、また行くか」ってなるんですけど。美味しいお酒ほど、量と頻度を過ごさないこと。
70年代、先日他界したポール・ニューマンとロバート・レッドフォード共演の映画『スティング』を初めて観たとき、話の筋や評判の30年代ファッションより、レッドフォード扮するフッカー行きつけのダイナーの、通りをはさんだ向かいの建物の壁に掲げられた、酒の広告看板にどうしても目が行って仕方がありませんでした。当時まだ中学生だったはずですが、その看板で、ボトルが実に美味そうな角度で傾けられて、実に美味そうにグラスが待ち受けているわけですよ。「酒の飲める年になったら、絶対あの看板のヤツを買って味わってみよう」と心に決め、80年代に入ってレンタルビデオで確かめたら、エズラ・ブルックス(Ezra Brooks)という銘柄とわかりました。
数年後、研修兼仕事兼遊びでアメリカに行けることになり、帰国前免税店でエズラのスタンダード黒ラベルと、101proofのオールドを限度いっぱいまで買ったことを思い出します。「初海外旅行の、女性の土産の中身とは思えない」と同行メンバーに呆れられました。
帰宅して深夜ひとり積年の待望の封を切るときのエキサイト感といったら。某小説家の、アイドルへの求婚の台詞じゃありませんが「やっと会えたね」ってなもんです。
…でもま、本物のケンタッキーストーレートバーボンウイスキーの甘ーい旨さがわかるためには、そこからさらに2~3年、ワイルド・ターキー開眼の日を、いや夜を待たなければなりませんでした。
当時はバブル景気の引き金になったと言われるプラザ合意の頃で、エズラもWTもいま種類安売り店で売られている価格の、ざっと2~4倍はしていたはずです。
映画やドラマの劇中で酒のラベルが登場すると、本当に美味しそうに見えますね。『処刑遊戯』で松田優作さんからりりィさんが教わったのはオールド・クロウだったかな。当時はいまのような、そのものずばりカラス(Crow)の絵じゃなく、もっとシンプルでカントリーな、愛想のないラベルだったはずです。こちらは40度。慣れるとジュースのように飲めます(よいこのみなさんはまねをしないようにしましょう)。
スティーヴン・キングの、映画にもなった『Apt pupil』(邦訳題『ゴールデンボーイ』新潮文庫)の元ナチ収容所副所長・クルト・ドゥサンダーはアーサー・デンカーと名乗ってアメリカ隠遁中、AAことエンシェント・エイジを愛飲していたという一節がありました。原作小説のペーパーバック『Different seasons』はやはり初めてのアメリカ渡航時に、現地の近藤書店みたいな店で入手し帰りの機内で「さばけたナチだなあ」と思って読んだものですが、98年の映画化版での、イアン・マッケランが演じたらしいドゥサンダーにはそんなシーンはあったのかな。こちらは未見です。
ところで、類型的若者言葉で“空気が読めない”を“KY”と表記する向きがありますが、Kentuckyストレートバーボン愛好派にとっては失礼千万火がバーバー、いやボーボーですな。せめて“空気が読めNい”→“KYN”にするとか。
…ますますまぎらわしいか。