再放送中の『その灯は消さない』は、いつか来るぞ来るぞと思っていた場面が17話にしてついに来ました。長女・律子(吉野真弓さん)が「付き合っている男の人がいる」「ルポライターで名前は川合祐治(大橋吾郎さん)」と打ち明け、ヒキツケ起こしたみたいになる智子(坂口良子さん)。十数年前、他の女を部屋に連れ込んでいるところに来合わせ、生木を裂く様にして別れた昔の彼氏ですよ。もちろん夫・藤夫(柴俊夫さん)にも話していない過去の生傷。
律子から「お母さんのことも彼に話したの、彼、会ってみたいって」まで言われて周章狼狽。名前と職業と、年が律子よりだいぶ上だということ、「私の人生を変えてくれる人かもしれないと思ったの」だけしか聞いてない段階で、「付き合うな」と言ったらあまりに理不尽で説得力がないだろうと、智子もわかっている。
しかし何もいきなり過呼吸症候群というか、動悸息切れみたいにならなくてもね。ドラマ、特に昼ドラマの中でしか発生しにくい状況だけに、こういうときの“衝撃”をどう演技で表現するか、悩ましいところではありますな。
視聴しながら智子の身になってみたり、律子の目線になってみたりするのですが、お堅く育った適齢期の娘としては、エプロンの似合う家庭的な顔の下に“まだまだオンナ現役”の匂いが芬芬する智子のような女性を「お母さん」と呼び、娘として接するのがどうも居心地の悪いところはありますね。
ドラマだからって言えばそれまでなんだけど、智子、自宅にいるときも台所に立つときもビシッとメイクして髪ひとつ乱れていたことがないし、「お腹すいた?じゃお母さん得意のホットケーキ焼いてあげるワ」なんて小首の傾げ方が、「“かわいい”で評価されてきた女性」のままなんだな。たとえ喉や目周りに小じわ中じわが目立ってきていても、“かわいい”と言われつけて年を重ねてきた女性は、そのタームからなかなか解脱…いや離脱できないものです。娘として、“母”がこういったふうなのは、そこはかとなく落ち着かない。
また坂口良子さんが、14年前の川合とのつらい別離以降、縁あって優しく堅実な夫に出会い、押しも押されもせぬ大企業の、重役の覚えもめでたい出世コース管理職の妻として、母として主婦としてだけでなく、サイドビジネスの宝飾デザインも順調で満ち足りているにもかかわらず、心身の“恋愛中枢”のある部分が凍結して時間が止まってしまっている智子のディレンマを実によく表現してもいるのです。お腹をいためた実の子・次女の可奈(←小学生)に対するときに比べて、先妻の子の律子と健一にはやはり暗黙の遠慮があり、プライバシーに踏み込むときには「何かあった?」「悩みごととか?」と小首にますます角度がついて様子様子した素振りになるのもリアリティがある。
思い切り言ってしまえば“母親”とは一種“汚れ仕事”です。“キレイかわいいで評価されたい”“オンナとして遇され愛されたい”を、剥ぎ取られるのではなくみずから好きこのんで捨ててしまわなければ、母親にはなりきれないし、母親たり続けることもできない。
しかしもともと低くはなかった“恋愛体温”が、川合との間で最高温に達したとき“瞬間凍結”したままの智子は、なりきっているつもりで実は“母親”の体温になっていないのです。
智子は14年前川合に「一方的に裏切られた」「再び自分の前に現われたら、娘をだしに嫌がらせぐらいするかも」と怯えていますが、実は川合は行きつけのバー“メンフィス”のマスター(不破万作さん)には「別れた妻より、謝りたい人がいる」ともらすなど、むしろ懐かしく“戻せるものなら戻したい”気満々みたい。演じる大橋吾郎さんのトッポい雰囲気のせいで、どうも律子に対しては大人の男としての真剣な恋愛感情というより“開発することに興味持ってるだけ”感が拭えないのですが、律子の「お母さん」が智子と知ったときの川合のリアクションも見ものだなあ。
96年本放送のドラマらしく、一応業界では敏腕で通っているらしきフリールポライター川合のマンションにも、素敵な部長さん藤夫に秋波送りまくりの重役秘書・桂子(麻生真宮子さん)のデスクにも、熱転写プリンタ一体型のラップトップワープロが。当時は最先端のデスクワーカーもコレだったんですよ。美術協力のクレジットを見るとF社の製品らしい。
いま同じF社製のPCを使ってこのブログも書いているのですが、やはりものを書くにはワープロがよかったなと思うのです。程のよいアナログ感がありましたからね。
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