イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

qui joue?

2009-02-21 00:48:25 | 夜ドラマ

218日放送『相棒 season7は“密愛”。

昭和の昼ドラのような、故・松尾和子さんの曲にもありそうなタイトル。“密室の愛”あるいは“愛の(or愛による)密室”でもあり“(当事者たち以外誰も知らない)密かな愛”でもあり。

“密”を漢和辞典で引くと「こまかい(緻密)、手落ちがない(綿密)」「静か、安らか」「近づく、親しむ」の意味もあるとのこと、それらの意味ぜんぶが少しずつニュアンスとして影を落としているような“密”愛の物語でした。

いつもの特命ルームが一度も画面に登場せず、部長も課長も官房長も捜一トリオも鑑識さんも出てこない(ハーブティー悦子ブレンドの成分分析したのはたぶん米沢さんでしょう)、最初から最後まで右京さん(水谷豊さん)ひとりアウェイに乗り込んでの話。

右京さんが学生時代唯一単位を落とした科目であるフランス文学の教授で、大学辞職後は翻訳家として成功している悦子(岸惠子さん)からの依頼で、彼女がひとりで住む信州の人里離れた一軒家を訪れた警部殿。

「借金取立て屋に追われて森の中で凍死しかかっていた天涯孤独の男(国広富之さん)をかくまい、庭の手入れや薪割りなど力仕事をさせていたが、5日前に内から施錠した離れで服毒自殺していた。荼毘には付したが、奥さんは借金苦で病死したと話していたし、身元を調べて遺骨の引き取り手を捜してほしい」との依頼。免許証一枚から右京さんはさっそく男の前住所と近隣の評判、妻の死の状況などを調べ、「自殺ではなく殺人の疑いがある」と指摘。男には悦子が知らなかった、借金だけではない後ろ暗い噂もありましたが、かりに殺人の線とした場合、いちばん引っかかるのは外からは開けられない密室状態で発見された点で…。

今回は一にも二にも岸惠子さんに尽きるでしょうね。実は月河は、ちゃんと物語に沿い特定の人物像を演じる岸さんを見たのがこれが初めてと言ってもいいくらいだったことに、それこそ初めて気がつきました。70年代~80年代の大映ドラマや横溝正史映画での岸さんは“話がフランスがらみ、パリがらみであることを示し、劇中世界をそれらしく見せるための記号”、もしくは“いわく因縁を秘めた知的老美女”という、これまた記号だったりした。

そう、”で、“”で、かつ“”である“”という属性の集まりがあまりに独特で希少過ぎ、オンリーワンに突出した存在であったために、月河は岸さんを役者として鑑賞し味読することをどこかでエポケーしていたのです。

今話で、筋立てや設定なりに激怒したり嗚咽したり、歓喜にうちふるえたり、あるいはやきもきしたりハラハラしたりときめいたりを表現して、ちゃんとそう見える岸さん、“女流フランス文学者”“生涯独身”“森の一軒家暮らし”“老境での初恋愛”と、こってり記号的な設定をこれでもかと纏い纏わせられつつも、記号に甘んじず几帳面に、かつ果敢に激怒嗚咽歓喜する女優・岸さんを拝見できた。

事件もの、トリック解明ものとして見れば、ほとんどお伽噺・ファンタジーに近いくらいゆるゆるの筋立てではありましたが、1932年生まれ満76歳、この8月で77歳になられる岸さんの、いや増しのオンリーワン性に今回は敬意を表しておきましょう。

77歳か。“喜寿(キジュ)”ってちょっとフランス語っぽくないですか(ないか)。

いま流行りのアラフォー、アラサー式に言えばaround80、“アラエー”ですかね。洗剤か。ボールドか。とにかくオンリーワン。

日本映画史上でも屈指の大女優さんが正月やクール末、クールアタマのSPでもないレギュラー回に降臨とはまた贅沢な…とも思いましたが、有名無名のゲストがごちゃごちゃクレジットされるSPよりも、現在時制で水谷さん・回想で国広さんと、徹頭徹尾2人芝居での出ずっぱりで、得意のフランス語読みも披露させてもらえて、岸さんとしては高いお鼻がますます高々、“別格待遇”“ほしいままにできた、快感なお仕事だったかもしれません。

岸さんの華にかくれて見逃されがちながら、謎の男役に国広富之さんを起用したのも隠れたナイスキャスティングだったと思います。岸さん、1972年(当時39歳)の日本映画『約束』で、これが実質俳優デビュー作となった萩原健一さん(当時22歳)と共演されており、基本的に“無学で軽薄そうだが、ダークな優しさを秘めた年下男”との相性が抜群にいい女優さんなんですね。

一方国広さんも、デビュー間もない78年に『いのちの絶唱』で女教師大原麗子さんを愛してしまう高校生に扮している。当時24歳で高校生役、これぐらいなら若手時代の役者さんにはよくあることですが、もちろん揺るぎなく年上女性キラー。

しかし国広さんもすでに55歳、喩えは悪いけど理想の女性のタイプを訊かれて「年上の女性に甘えてみたい」と答えたという世界最高齢男性・泉重千代さんの心境だったかもしれません。「オレ年下キャラ得意なんだけど、オレの年でパッと見年上とわかる女優さんつうと…」「…ひょっとしてリアルにシャレんなんないババアばっか?」と悩ましいところに、おお、永遠のパリのおばさま、“女”で“老”で“美”な岸さんとの共演の話が、一羽の鶴のように舞い降りた。「やるやる!毒飲んでのたうちまわっても、カタカナフランス語棒読みでもなんでもやります!」と躍り上がったかも。

…まぁ冗談と言うか、悪い妄想ですけど。

でも確かに、見た目も実年齢も30代以下の俳優さんでは釣り合わないし、成立しない話ではありました。「“借金まみれで妻に死なれ”ぐらいの事情背負った、結構いい年なんだけど若く見える」「ハラで悪だくみしててもおかしくはないが、適度に愚かそうで人が良さそう」…意外に余人をもって代えがたいキャスティングだった。

岸さん―水谷さん―国広さんと3者共通する大映テレビ『赤い~』シリーズという因数分解も可能です。

…あ、だから、“中和”すべく、いつもの通常回に増して画面の色調がブルーだったのか。関係ないか。リトマス紙じゃあるまいし。

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