雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

日本二輪車文化協会 設立へ

2017-04-16 06:29:56 | 発想$感想

★ 創刊号から密接なお付き合いのある

  森田伊活さんのベタータイムス5月号が送られてきた。

 

    

 

 

★ そのベタータイムスに、こんな記事が載っていた。

 

一般社団法人 日本二輪車文化協会 設立 

 会長には吉田純一さんが就任されたようで、今後の活動が大いに期待されるのである。

 日本は二輪車の生産大国ではあるのだが、ヨーロッパなどに比べると、二輪文化という点ではまだまだ定着していないのだが、生活の足として、趣味の乗り物として、スポーツ・マシンとして等々、いろんな分野での日本独特の二輪文化が育つことを期待したいものである。

 

    

 

 

Facebook にはこんなページが立ち上がっている。

  https://www.facebook.com/%E4%B8%80%E8%88%AC%E7%A4%BE%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%8C%E8%BC%AA%E8%BB%8A%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A-614599771987839/

 

 

    

 

 中心になって、活動されようとしている方たちである。

 女性が半数おられるのがいい。

 

 

主な事業部会と活動内容は

● ツーリング推進委員会

 女性ライダーを増やす、レデイースライダー部会

 オートバイ神社や象徴物の認定の、ランドマーク認定部会

 ファースト・エイドの普及の、ファースト・エイド部会

 

● 文化推進委員会   (表彰推進委員会)

 Best Bike of the year

   Best Bike Man & Woman of the year

 

● 地域活性部会  Made in Japan 部会

 『道の駅』改善案  各地のイベントの実施

 二輪に関しての物づくり文化の継承

 などが計画されているようである。

 

★ この二輪車文化協会をリードするのが 前AJ会長の吉田純一さんであり、AJ のメンバーたちが中心になって活動されるようなので大いに期待したいと思っている。

吉田さんのAJでの活動時代から関係のあった、オートバイ議連の事務局長三原じゅん子さんをはじめオートバイ議連の先生がたや、東京都知事の小池百合子さんなど二輪に関心のある方たちにも力になって頂けるのは素晴らしいことだと思っている。

 

この会の副会長は村島政彦さんだが、

その弟さんの 村島邦彦さんと 松島裕さん とのコンビで2012年6月から 『二輪文化を伝える会』を立ち上げて、非常に中味の濃い活動を続けられていて、最近では『二輪文化ラジオ』の活動も加わっている。

 http://2rin-tsutaeru.net/about/

 

   

 

 『日本独特の二輪文化の創造』 それがこんな形で始まろうとしていることに、大いに期待しているのである。

  その情報発信や広報活動など、出来る範囲でお手伝いしようと思っている。

 

 

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三木総合防災公園

2017-04-15 06:25:00 | みっきぃふるさとふれあい公園

★ 三木総合防災公園は、私の家から車で5分のところにある広大な公園である。

 昨日はあまり天気がいいので、昼からちょっと出かけてみた。

よく大きさを表すのに『甲子園球場が幾つ』などと言うが,三木総合防災公園は、『ゴルフ場が3つ』ぐらい入る大きさである。

 

写真をいっぱい撮ってきた。

     

    

 

 ざっとこんな施設がある公園である。

 右下の小さな運動場が野球場である。 サッカーグランドは、5面以上もあるのだが、それよりもほかの広場の方が大きいのはお分かり頂けると思う。

  入場料も駐車場も無料だし、都会の混雑した公園などに行くよりは、のんびりできるのではと思う。

 

 

   

  

 まずは、世界一の屋内テニスコート・ビーンズドーム

 

   

 

  ブルボンは、新潟県柏崎市に本社を置く大手製菓会社だが、そのネーミング権を購入して『ブルボン・ビーンズドーム』と名付けられいる。

  ブルボンの広報に『なぜ?』と聞いてみたら、『新潟地震との関係もあって、防災にお役に立つのなら』ということだった。

 

   

 

   

 

  その中はこんな感じで、まさに世界一、メインコートのほかに左右にコートが確か8面あったと思う。

  こんなに大きいのは、神戸・淡路大震災時に救援物資の置き場に困った経験から災害時には『救援物資置き場』になる。

  東日本大震災の時もコート2面ぐらいが物資で埋まっていた。

 

  

 

  ビーンズドームの前の広場から見る神戸の丹生山である。

  この広場のさらに奥にはキャンプ場や、身体を鍛えることができる運動器具が揃っている広場もある。

 

 

   

 

   ビーンズ・ドーム側は、こんな谷間と道路を挟んで西側にあるのだが、

 

 

   

 

   橋を渡って東側に来るとこんな広大な芝生広場もあるし、

 

   

 

 こどもたちの遊具のあるヨコは、こんなサッカーコートが3面並んでいる。

 ここは県の施設だから、ビーンズ・ドームも、このサッカーコートも、誰にでも貸して貰えることになっている。

 

 

    

  

    

 

 これは防災公園に隣接している『志染の洞窟』『窟屋の金水』とも言われている史跡である。

 

   

 

  正規の入口は逆なのだが、防災公園側からは、

 

   

 

   こんな坂道を200メートル下って行ったところにある

 

   

 

   横の池には、こんな黄金色の鯉がいた

   洞窟の水は、12月から3月初旬まで、金色に光ることで有名なのである。

 

   

   

   野球場のヨコから見る 丹生山 はよかった。

 

   

 

   防災公園にこんなに桜があるとは気が付かなかった。 桜の季節になると突如目立つものである。

   花見の宴のお客さんも結構おられたが、のんびりと静かな、場所取りなど無関係のお花見である。

 

   

 

   この見事な桜のヨコにも、女性が二人、のんびりとお花見だった。

 

   

 

  今日は中に入れなかったが、本格的なサッカー競技場である。

 

  

 

  兵庫県の消防隊の訓練場もある。

  昨日は沢山の隊員さんが訓練をされていた。

 

   

 

  こちらがNHKなどのテレビによく出てくる、大きなビルや家を建てて揺らす実験をする『E-ディフェンス』である。

  一度だけ、正規に見せて貰ったが、地下5階ぐらいまである壮大な装置で、これも『世界一』だそうである。

 

    

 

★ 私は、この『防災公園』が好きでよく来るのだが、『広い』ということはいいことである。

 人がいっぱいの、ところに行くと『人に酔ってしまう』ような気持ちになる。

 昨日も、写真を撮りながら1時間半ほど歩いてきたが、移動は車で動いたのだがそれでも半分ぐらいしか行けなかった。

 

機会があればぜひ一度、お訪ね下さい。 『ビーンズ・ドーム』を見るだけでも価値ありと思います。 

 

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Instagram 初心者

2017-04-14 07:26:41 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

 ★前回 Instagram のことについて触れたのは、4月7日のことだった。

何も解らぬままに始めた Instagram  ではあったが、1週間経ってみると何となく解ってきたような気がするから不思議である。

 

              

 

     何となく、ツイッターと似ているところがある。

  700人ほどフォローしたら、300人近いフォロワーとなって、結構『いいね』も『コメント』も頂けるようになった。

  

   いまこんな状況である。

    https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

 

   いろんなことができるのも解った。

  写真は、幾らでも大きくして見ることができる。

 

   例えば桜はこんなに大きくなる。

 

     

 

              

      

 

        こんな写真をここまで引き延ばして見ることができる。

 

      

 

  

  タグ付けすると、Instagram の中の写真がみんな現れたりする。

      『# 桜 』 と タグ付けしたら、4,1252,826 件 の桜の写真が現れたりする。

 

     

 

      

『#Kawasaki Z1』とタグ付けしたら、桜より多い 4,683,423件 の写真が出てきた。

 

               

 

こんなことして、遊んでいると結構楽しい。

何でも、新しいことを覚えるということはオモシロい。

結構、はまりそうである。

 

みんな、大体が スマホ でおやりのようだが、私はもっぱら パソコンに繋いでやっている

その方が、画面も大きいし、文字の打ち込みなども簡単でいい。

そのパソコンでやる方法が解るまでに3ヶ月ほど掛かった。

 

いま、現在は『スマホ』で撮った写真しか、アップできていないのだが、『デジカメ』からの写真でも出来るようである。

これにチャレンジしてみたが、私の知識では無理なので、今度また孫にでも教えて貰おうと思っいる。

 

 

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今年第1回のZ1会ゴルフコンペでした

2017-04-13 06:06:37 | カワサキワールド

 ★ 昨日は、三木のセブンハンドレッドCC でZ1会の今年初めてのゴルフコンペでした。

  こんなメンバー集まって和やかにスタートしました。

 
         

 

『カワサキのZをこよなく愛するメンバーたち』 参加資格はそれだけです。川崎重工にかって所属していなくても、一般のファンたちも参加できます。

大槻・稲村・百合草・丹波さんなどかってのエライサンもいますし、レースライダーの飯原武志・的野征治・清原明彦・杉本五十洋・塚本昭一・高橋芳延くんなどもいます。

毎年、年4回三木セブンハンドレッドCCで開催されます。

あなたも参加されませんか?

 

 

      

 

 このZ1会の良さは、集まってるメンバーが、みんな『横一線』で年齢差も、かっての職位など全く関係ない繋がりになっているところだと思います。

 簡単なようですが、なかなかこのようには行かないのですが、これは会長の大槻さんが、特にその点に気を遣っておられるからだと思います。

 ちょっと、3分の動画に纏めましたので、ご覧になってみてください。

           https://www.youtube.com/watch?v=pw0eyu1mELo

 

   

 

 昨日の優勝者は 積山喜規さん、そして準優勝者が 京都からやってきた 杉本五十洋さん お二人とも私と同じ組からの優勝者が出たのです。

 もうお一人が、大槻幸雄さんで大槻さんとは、久しぶりのご一緒のゴルフでした。

 

   

 

  積山さんの優勝スピーチですが、『大槻・古谷・杉本さんの大変なメンバーでしたが、全然緊張することなくできました』と言って頂いてよかったです。

  横で笑ってるのが、杉本五十洋さんです。

  真ん中がこのコンペの代表世話人仲さんです。

 

  

 

 その杉本五十洋さんはレースの世界でも有名ですし、今でもMFJのロードレース委員長をおやりですが、喋ってるのはレースでも、ゴルフの話でもなくて、先日来 ニュースになった姫路のこども園問題に関連して、読売テレビの取材を3時間半も受けたという話をしているのです。

ヨコにいる 渡部達ちゃんが、『この間テレビに出ていたな』と言ったのでその説明をしているのです。

彼は京都の名門幼稚園の園長さんでもあるのです。

 

   

 

 

   昨年の秋、優勝した稲村暁一さんは、今回はブービーでした。

 

 

    

 

大槻幸雄さん、満面の笑みです。

大槻さんのこんな笑顔も、なかなか珍しいのですが、これは昨日のゴルフで 『グロスで古谷に勝った』とまさにご満悦なのです。私がめちゃめちゃ悪かったこともあるのですが、『間違っても大槻さんにグロスで負ける』などとは思ったこともないのですが、昨日は完全にやられました。

でも、これくらい喜んで頂けたら、『よかったな』と思います。ゴルフはなめたらダメですね。次回の6月までには、ちょっと練習して頑張ってみたいと思っています。

 それにしても大槻さん、今年中に88歳を迎えられるとか。若い頃から、レースでもご一緒しましたし、今現在もいろいろと繋がりがあるのはいいことだと思っています。

もう少しちゃんとした内容のゴルフにならないと『ダメだな』とホントにそう思いましたが、でも、なかなか楽しい『いい一日』でした。

 

三木セブンハンドレッドの一番高いところから、二つの山が見えますが 雄岡山「おっこさん」と 雌岡山「めっこさん」です。そしてその間に見える町が、私の住んでいる緑が丘です。家から、このコースまで15分は掛かりません。そんないい立地で、ゴルフをさせてもらっているのです。次回は6月14日です。

 

       

 

     

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北朝鮮問題 どうなるのだろう

2017-04-12 05:42:05 | 発想$感想

★ こんなニュースが流れた。

 アメリカも本気のようである。

 空母船団が2隻、朝鮮半島に集結中だという。

 

米空母「カール・ビンソン」「ロナルド・レーガン」二隻が朝鮮半島に集結へ

 

     

 

★シリアの攻撃に対して、『北朝鮮は屈しない』と言ったりしているが、一発触発の危機が迫っているようにも思う。

 果たして、どんなことになるのか?

 北朝鮮は勿論、中国もよく考えて対応してほしいものである

 

 空母2隻が集結して以降、北朝鮮がミサイルを発射したりすると、『とんでもないこと』が起こることになるかも知れない。

 

 

 南の海上から、北朝鮮に向かっている空母である

 

    

 

 

     空母1隻だけではなくて、このような船団で構成されている。

 

    

 

 

    

 

 

     

 

 

 

     

 

 

            

 

 

           

   こちらはもう1隻の空母 ロナルド・レーガン である。

 

     

 

 

     写真を見ている限りでは、『かっこいい』などと思ったりもするが、

     今回は 北朝鮮の金さんも、中国の習さんも、アメリカトランプさんもよく考えて対応して欲しい、 

     としか言いようがない。

 
 
   
 
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三木 緑が丘 桜満開です

2017-04-11 05:43:11 | みっきぃふるさとふれあい公園

★今年はちょっと遅かったが4月10日、三木緑が丘の桜は満開です。

 桜で有名な吉野山は、3万本の桜で有名ですが

毎年、桜の時期になると、桜の名所はあちこちにありますが、一体何本の桜があれば、それは多いと言えるのでしょう?と思ったりします。

ひょっとしたら、兵庫県三木市は吉野山の3万本より多い桜があるのでは、とと秘かにそう思っているからです。

 

 1万本もあれば?

 2万本??

 吉野山と同じ、3万本もあれば、『大威張り』で桜どころと言えるのだろうと思います。

 

 三木にはゴルフ場が25もあるのですが、桜で有名は『チェリーヒルズCC』だけでも、5000本のいろんな桜があるのです

 

 これは名門・廣野ゴルフ倶楽部の入口の桜ですが、コースにもいっぱいの桜が植えられています。

 25もゴル場があればゴルフ場だけでも1万本の桜があるかも知れません。

 

       

 

 

  三木市には、こんな桜名所が22か所もあると、三木市の広報はが言っています。

 

 

       

 

  このほとんどは、三木の旧市内や神社仏閣です。

 

          

 

 

     この22か所で1万本ぐらいは優にあるのではないかと思っています

 

    三木は広大な山野を開いて新しいまちを造っていますが、そこにも桜はいっぱいです。

    私は、緑が丘という 廣野ゴルフクラブのすぐ前の住宅地に住んでいますが、緑が丘だけでも、間違いなく3000本以上のの桜があります。

    昨日は、花曇りで、ちょうど満開の時期でしたので、『緑が丘のまちの桜』を観に、一回りしてきました。

 

 

       

     

  これはすぐ近くの、コープの前の交差点の前の桜ですが、そこから緑が丘の駅、廣野ゴルフ倶楽部さらに桜満開の桜坂を下って、公園や協同学苑やさらに北公園など。

  

 

   昨日写してきた、桜の写真の一部です

   先週、覚えたInstagram にアップしています。   https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

   下の写真は、それを Snniping Tool で切り取ったものです。

 

 

          

 

 

 

          

 

  こんな『緑が丘の桜の動画』を撮ってきました

     https://www.youtube.com/watch?v=SNznOxqlL2g

   

 

   これはわが町、緑が丘だけの桜です。

  このほかにも学校など桜、いっぱいです。

  

  『5万本の桜のあるまち 三木市』と言ってみたい気持ちです。

  毎年思うのですが、どこかが音頭をとって、みんなで数えたら数えられると思ってます。

  もし、5万本なかったら、新しく植えたらいいと思います。

  三木市には、5万本の桜を植える場所など、いっぱいあります。

 

  毎年、同じことを考えてます。

  

 

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カワサキの二輪事業と私 その48 昭和52年(1977)

2017-04-10 06:33:35 | 自分史

★カワサキの二輪事業にとって昭和50年代は、激動の時代であったと言っていい。

アメリカ市場をベースに順調に業容を拡大してきたカワサキの二輪事業も、その母体であったアメリカKMCの経営に陰りが見えはじめ、今後の二輪事業をどのように展開すべきかなのか、大きな転換点という時期にあったと言っていい。

それは川崎重工業としても本社の吉田専務が直接旗を振られていたのだが、そのような時期に私自身は企画室企画部で、事業計画・長期展望戦略の策定を命じられていたのである。

その具体的な提案として、新市場開発途上国のCKD事業をその嚆矢として提言し、結果的には『市場開発プロジェクト室』の高橋鐵郎室長を援けて自ら異動することになったのが、昭和51年11月のことだったのだが、その開発途上国市場の対応がそれなりに順調に推移したこともあって、その後の事業部展開は、髙橋鐵郎さんを中心に目まぐるしく職制変更などが続くまさに『激動の時代』に入っていくのである。

そんなこともあって、私自身もその渦中の中に身を置かざるを得なかったのである

 

時系列に並べてみると

● 昭和50年10月 発動機事業本部企画室企画部門 事業計画・長期戦略担当

● 昭和51年11月 その提案、小型車プロジェクトの新組織『市場開発プロジェクト室』へ異動   (高橋鐵郎室長)

● 昭和52年7月  ヨーロッパの大型二輪車を含む 営業総括部の企画部門の担当         (高橋鐵郎総括部長)

● 昭和53年4月  発動機事業本部内に単車事業部が発足、その管理部門担当           (高橋鐵郎事業部長 田崎・野田課長も管理部に)

● 昭和54年1月  ダンピング対策の一環として、新国内販売会社『カワ販』を担当        (塚本社長高橋副社長・古谷常務)

 

半年ごとに組織変更が行われ、アメリカ市場を担当されていた浜脇洋二さんは川崎重工の本社部門に戻られ、Z1の開発など担当された大槻幸雄さんは『ガスタービン部門』に移られることになったのである。

 

昭和52年(1977)年は、そんな激動の時期の始まりと言ってもいい年であった。

開発途上国市場は、イラン・インドネシア・タイを中心にスタートしたのだが、さらにコロンビア・パキスタン・ナイジェリア・ブラジルなどへも広がりを見せるのである。

CKD市場を担当したメンバーは、私自身もまだ45歳だったが、みんなそれ以上に若いメンバーばかりでだった。

 

イランは、山辺昻さん、岩崎茂樹・鶴谷将俊、それにサベイの工場に単身赴任していたのが、佐伯達彦さんである。

インドネシヤは、石井三代治さん、そのメンバーは多賀井・大竹英雄・にカワ販から久後さん。

タイは、私と小池博信、カワ販から耕守さん

技術サポートメンバ―に藤浦尭士さんなど錚々たるメンバーで、事業そのものも若かったが、それを第1線で支えたメンバーもみんな30代・40代の若手だったのである。

 

 

★この年の7月の組織変更単車事業部となり、『カワサキの二輪部門の事業戦略』を担当することになるのだが、その時私が策定の骨子とした『販売戦略の基盤とその対応』がコレで、

 カワサキの二輪事業の一端をご理解頂けるかと思うのである。

 

 

      

 1.基本目標は、量の拡大と利益の確保の両立である。

 その対応は個々の努力(個々の営業の努力)の集積では不可能で、強力な中央コントロールによる事業運営とそのトータルシステムの仕組み創造が世界展開する二輪事業では必須だと思っている。

 

2.基本認識

 需要は安定成長または低成長、開発途上国へのCKD化、先進国では、音・馬力・排ガスなどの各種規制が厳しくなりかけた時代であった。

 

3 カワサキの二輪事業の特殊性

 ●大型車種をベースとした事業である

  CKD分野に進出したが、当時は大型車種の完成車が利益の根源であったし、シェア25%の確保と、特に利益率の確保がMUST条件だと思っていた。

 ●北米をベースとした事業である

  当時はアメリカの KMCの経営が『量と質』の両面から必要だったのだが、この後これが確保できずに大問題となるのである。

 ● 市場を開拓する必要性

  当時はCKD が新市場であったが、今は先進国が新市場かも知れない。常に新し事業に挑戦すべきで、現状否定がそのスタートである

 ● 最大の市場、日本を残している

  90年代にそれに『チャレンジ』し、国内市場で7万台販売、売上高400億円の史上最高の実績を残している。

 ●  コストは少なくとも他社より安くはなりにくい

  他3社に比較して量産の量が違うのでコストが安くならないので、価格政策や流通経費の削減を独自の経営システムで確立する必要がある。

 ● 大型車Z1でのイメージはいい

  Kawasaki 独自のブランドイメージの確立を商品企画と共に、流通分野でも独自の展開をすべきで、それは成功して『カワサキブランドのいま』がある。そのベースにあるのは、『戦略的・継続的な情報発信』である。

 ● 中央コントロール体質になりにくいこれは『カワサキ二輪事業の最大の問題点』である。

  ホンダ・ヤマハ・スズキには本社機能があるが、カワサキは事業部制なので『本社機能』が育ち難く、流通部門の人たちが、プロとして中央コントロールする立場になりにくい。

 ● 時期的に先行投資がやり難い

  これは当時はそんな事業部経営状況であった。

 ● 経験は乏しいが人材の質はいい

  ホンダ・ヤマハ・スズキに比べて当時は間違いなく、経験が乏しかったが、当時は人材育成を現地でのローテーションで行うこととした。

 ● 戦略的体質に欠ける

  どちらかというと、努力の集積型で、Top ダウンで戦略的にものを考え難い優等生型体質のように思う。

 

ざっとこんな風に思っていた。

 高橋鐵郎さんが海兵出身で、『戦略的思考』にも『マーケッテング・マインド』に対しても非常に関心をお持ちだったのである。その髙橋さんを現役時代ずっと支えたことで、この時期以降、1980、90年代の約20年間のカワサキの二輪事業は、こんな原点の発想をベースとして展開されたのである

 

 

 ★カワサキの最大のヒット商品というと、Z1、ZEPHYR、FX400 などがアタマに浮ぶのだが、圧倒的な台数を誇ったのは 開発途上国で売られたKawasaki GTO 110ccなのである。明石工場からはCKDで開発途上国への部品出荷となるため、その台数が記録に残っていないのだが、圧倒的な台数で最盛期は年間この機種だけで4万台以上が売れたのではないかと思っている。

 

    

 

  このGTO について、こんなブログをアップしている。

  http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/db0f69c48e73631f572bf4e6dee220be

 

  私は技術的にも詳しくないし、カワサキの商品企画には殆ど口を出したことはないのだが、唯一この Kawasaki GTO 110ccだけはその開発計画書も自分で書いたし大槻部長の技術会議にも出席して、直接お願いをしているのである。

最初は『ダメだ』と言われていたのだが、『カワサキの2サイクルは松本』と言われている松本博之さんに助け船を出して頂いたのである。

その時のことを過去のブログにこのように書いている。

 

 ● 松本博之さん

カワサキの歴史の中で、一番のヒット商品と言うか一番数を売ったのは、Kawasaki GTO 110ccであることは殆ど知られていない。CKD なので台数は記録されていないのだが、東南アジアで生産されて毎年40000台以上も売れたダントツの大ヒット商品なのである。この機種の開発をお願いしたのだが、当時の技術部長の大槻さんは頑として首を縦に振ってくれないのである。その時『私が造りましょう』と助け船を出してくれたのが松本博之さんで、その一言で生まれたのが、Kawasaki GTO 110cc なのである。

この機種によってカワサキの東南アジア市場の今がある と言っても過言ではナイ。

 

この計画書を書いたのが、昭和52年(1977)10月なのだが、その新車発表会が大々的に行われたのは2年後の1979年9月で、私はその時はすでに国内販売に異動していて、高橋さんや桑畑さんが出席されている。

当時、タイ市場を担当していた小池博信さんの書かれた『豪華川崎GTO青春物語』の冊子からの1ページである。

 

    

 

 ★この年の10月28日に、田崎雅元さんと、ハーレのダンピング問題の話をしたと日記に書いている。

カワサキがアメリカでダンピングのような安値で売っていたわけではないのだが、『アメリカのダンピング法』ではアメリカでの流通段階の経費率以上は認めないというルールなので、アメリカの短い流通経路に比べて、日本の場合は、カワ販地域販売会社販売店 とカワサキだけが一段階多い上に『カワ販の本社』が大きかったために、その流通経費率が高く計算上ダンピングとみなされてしまうというのである。

ダンピングは、アメリカ担当の田崎さんが担当していたのだが、その対策は『アメリカの問題』ではなくて『国内の流通機構の構造問題』だったので、相談を受けたりしたのである。ダンピング問題は、この時期あたりからのスタートで、翌年には本社も巻き込む大問題の対策となるのだが、具体的なカワ販改組案がなかなか成案せずに最後私にお鉢が回ってくることになるのである。

それはちょうど1年後のことなのだが、この国内対策もまた大変だったのである。

 いろいろなことがあった、昭和52年のカワサキの二輪事業であった。

 

 ★ その歴史ー「カワサキ二輪事業と私」を最初からすべて纏めて頂いています

https://www.facebook.com/%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-662464933798991/

 

★ https://www.facebook.com/1126074024157186

 

   

 

 

 

 

  

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Skypeで10ヶ国の人たちと日本語で喋れる

2017-04-09 05:45:35 | 発想$感想

 ★ ネットの世界の進歩はスゴイ。

 Skype は海外でも無料で何時間も話せるので『重宝』しているのだが、こんなニュースが流れた。

 

Skype に、ついに、日本語リアルタイム会話翻訳機能 (Skype 翻訳)が追加されます。

 Skype では、10年以上にわたり、地理的な壁を打ち破り、音声通話やビデオ通話を身近なものにしてきました。個々のユーザーに合ったコンピュータ環境が求められる時代に入ってからは、コミュニティのつながりを強め、生産性を高める方法を追求しています。現在は、マイクロソフトの最新のAIのテクノロジーを利用して、言葉の壁というもう1つの壁を取り除き、ユーザーが言語を気にすることなく互いにコミュニケーションできるよう取り組んでいます。

 Skype 翻訳は、主にPC用の Skype の拡張機能の1つで、言語の壁を越えて友達や家族とのコミュニケーションを可能にします。インスタント メッセージのテキスト翻訳では60 以上の言語の翻訳が可能です。また、リアルタム会話翻訳は、アラビア語、中国語(北京語)、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、ロシア語をサポートしています。(サポート言語についての詳細はこちらをご覧ください。)

そして、ついに本日(2017/4/7)からリアルタム会話翻訳のサポート言語に、日本語が10言語目として追加されました。

 

 

4月7日から日本語が追加されて、世界の人たちと日本語で電話が通じるというのである

あちこちに、そのニュースは流れているし、実際にこのようにやるのですとYou Tubu で流れたりしている

既に、皆さんご存じなのかどうか?

 

● まず、Gigazine はいつものように詳細に報じている。

 

   Gigazine

   http://gigazine.net/news/20170407-microsoft-translator-japanese/

 

 ● こちらは 4分18秒とちょっと長いが、Skype 体験会の様子の解説である

    https://www.youtube.com/watch?v=tjq-8KZ6pVk

 

  ● その他にも、いろいろと You Tube  で流れている。

 

 

 

 

★ アメリカと1時間電話していても、無料なのでびっくりしていたが、アメリカ人とも中国人ともロシヤ人とも自由に喋れるというのだから驚きである。

 自動車は、運転しなくても勝手に走るし、あと5年もすれば、どんな世の中になっているのだろう?

 こんなに世の中は進んでいるのに、意外に変わっていないのが、政治の世界や、官僚の忖度やら、大企業などでの働き方や、発想かも知れないなと思ったりしている。

 どこかの『入社式での社長さんの挨拶』に『現状はみんな否定して、新しい発想で』などとあったが、結構大きくても急成長した企業は『そんな現状否定』なのである。

 

 Skype  がこんなに、新らしい会社なのである。

 

 2011年にマイクロソフトに買収されるまではルクセンブルクに籍を置く スカイプ・テクノロジーズ社による運営だった。

2005年10月、イーベイに約26億ドルで買収され子会社となった後、2009年には投資家グループに株式の65%が約20億ドルで売却された。

その後、2011年5月マイクロソフトが85億ドルでスカイプ社を買収することで合意、10月に買収手続きが完了し、マイクロソフトのスカイプ部門となって現在に至っている

 

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ブログの ページビュー

2017-04-08 09:05:27 | 発想$感想

★ ブログを書きだしたのは2006年9月のことだから、もう10年以上になる。

 毎日、何となく世の中のことなどの感想などを書いている。

 

 アクセス解析 というのがあって、毎日こんな感じで、訪問者数とその方たちが閲覧したページ数が表示される。

 毎日、600人から700人近くの方が訪れて、2000ページぐらいを平均ご覧になっているのだが、昨日は突然それが5510ページにもなったのである。

 

       

 

  それも時間帯で言うと、15時過ぎあたりに、突然3400ページにも、なっているのである。

  もし、間違いでもなければ、多分一人の方が最初から今までをご覧になったとしか思えなくて、ホントにびっくりなのである。

 

         

    

 改めてページビューとは、どのようなものかを、検索してみると、このように現れる。

 とあるので、何か機械的にいろんなページをめくられたのか、時間的に言って、とても読むことは無理だと思う。

 

    

 

 ★そんなこともあったので、一番最初のブログをチェックしてみた。   

 2006年9月9日に、 『美しい』 という表題でただこのように書いているだけである。

      http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/3c67335b08a59f7115a25ce90a0fb3ca

 

  美しい国,安倍さんの書いた本の題名に使われている。
  美しいという言葉の意味は深く、外面的な美しさのほかに、調和のとれた、こころの優しさなど内面的な美しさもあらわしている。

  本来、日本に至極似合う言葉だと思う。せかせかとしたことばかりが目立つこの頃だが、もう少しゆったりとした美しい生き方をしたいものである。
  どなたが総理になっても、真に美しい国日本を目指してほしいものである。

 

 その当時、三木市に『日本一美しいまちをめざそう』と市長メールで投稿して、採用して頂いた頃だから、ブログ の最初に『美しい』からスタートしたのだと思う。

 いろいろあったが、私自身は『三木市』が美しいまちで、あって欲しいと願っているし、この10年それを後押しする方向で生きてきたと思っている。

 ちなみに、兵庫県が掲げてきた目標は。『美しい兵庫』なのである。

 県から来られた市長さんだったので、兵庫県が長年追っかけている『美しい兵庫』を応援するまちになればと思ったのである。

 『美しい』という言葉は『綺麗』とはちょっと違って、人の心とか、態度を現しているので、そんな『美しい市政・行政』であって欲しかったのだが・・・

 

 それはともかく、10年積み重なって、このブログに訪れた人は、延べ220万人になったし、840万ページも読まれているのである。

 

 いつまで続くかは解らぬが、頑張って毎日続けていこうと思っている。

 

 

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米中会談とシリア攻撃と北朝鮮

2017-04-08 06:49:13 | 政治

★世界の政治が動いた。

フロリダでは、『米中会談』が行われている。

 

  

 

 

  どちらが先だったのかは、もう一つよく解らないが、シリアでは『ミサイル50発超』が軍事施設に対して撃ち込まれた。

 

   

 

 

  トランプさん はホントに『実行する』ということを見せしめたのか?

 

  『米中会談』の主要議題の一つでもある『北朝鮮問題』これに対しても、少なからずの影響力を持つだろう。

 

  『北朝鮮は、イスラム国と戦争状態にあるシリアのアサド政権に対し、大量の兵器を供給してきた』とも言われている。

  『米中会談』はこのあとどのような展開になるのだろうか?

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Instagram 雑感

2017-04-07 07:57:48 | 発想$感想

★ Instagram がやっとできた。

そんなの簡単じゃないの』と思われるかも知らぬが、普通のカメラとパソコンでは、出来ないのである。

私は所謂『スマホ』、電話の通じる『スマホ』は持っていないが、『スマホの残骸』(電話機能は止めてしまったスマホの器械)は手元に残っていたのである。

 

まずそれを『使える』ようにすることから始まった。

大体、このスマホは今は大学4年生になっているアメリカから日本に留学している孫が大学の入学試験を受ける時に道を調べるのに『要る』というので買ってやったものである。

新しいスマホにした時に不要になって、電話機能は止めたのだが器具だけは残っていたのである。

 

  

   

 

まず、何とかここまではできて、写真は撮ることはできるようになったが、

Instagram への登録が大変で、パソコンで rfuruya1で登録しているものだから

もう一つ rfuruya 2で登録するのに登録の仕方がよく解らなくて、何故かアメリカの2番目の孫のパスワードが要ったりして大変だったのだが、

rfuruya2で、その機能だけは何とか復活したのである

 

 

   

 

一応はこのようにFacebook も見れるようにはなったのだが、

このスマホの残骸は、写真と動画を撮って、Instagram に繋ぐ以外には使うつもりは今のところないのである。

 すべて電話以外の機能は使えて『無料』であるということに 大いに満足しているのである。

 

 

   

 

 

★これで登録もできて、写真も撮れるのだが、それをどのように Instagram に取り込むのかが解らないのである。

つい先日、息子のほうの孫が遊びに来た時に、教えてもらってその時はできたのだが、『その時は出来たのに』忘れてしまってできないのである。

そのやり方を教えてもらった時に、とにかくいろいろあった写真を、いろいろアップしていたのだが、どんな写真が入っていたかも解らなかったのである。

 

しょうがないので、そのまま放っておいたら、アメリカから娘がSkypeで電話してきて『Instagram に何という写真をアップしてるのか?』というのである。

やり方を覚えるために』手当たり次第に選別もせずにいろんな写真を使ったので、言われてみるとInstagram にアップするような写真でないものも入っているのである。

たまたま末弟の孫がいたので、Skypeで延々1時間、Instagram のやり方と、写真の取り込みと要らぬ写真の消去の方法など教えて貰って、やっと何とかなった状況である。

スマホなど使たことがないから、コメントを入れるのも大変だったのだが、何とかなったのが1週間ほど前のことである。

 

★それからいろいろと Instagram とはどんな使い方をするのか、いま勉強中なのだが、もう一つよく解っていない。

大体 Instagram とは、『何のためにあるのか?』 どんなコンセプトで使うのか?』 が理解できていない状態である。

パソコンも、ブログも、ツイッターも、Facebook もといろいろやってるのだが、自分なりにそれぞれの『コンセプト』はちゃんと持っていて、それに合わせて使っているのだが、

Instagram とはみなさん、何のために、どのようにお使いになっているのだろうか?

 

これが今現在の私の Instagram のパソコンでの画面である。

何故かすでに122人もフィロワーがいて、やっと今朝プロフィールも入れたところである。

スマホは、写真を撮るためだけで、すべてはパソコンで見ることにしているので、これなども一般の方とは全く違っていると思

 

 

  

 

 

★いま、よく解っていないのは、『フォロワー』と『フォロー中』である。

既に何故か、100人を超すフォロワーがいるのだが、『フォロー』をどうしようかと思っている。

 

  

 

  

 

 

いま注目の小池百合子さんと、トランプさんは、お二人とも 『フォロー』はそれぞれ1人と5人だけなので、これは『情報発信』機能として使っているのだなと思ったのである。

よく解らないが、私も身内と言っていい7人だけの『フォロー』でスタートすることにする。

 

もう一つ、よく解っていないのだが、こちらが今の私のスタートしたばかりの Instagram である。

 https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

https://www.instagram.com/?hl=ja

 

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忖度 そんたく

2017-04-06 06:29:52 | 発想$感想

★ 『忖度 そんたく

 流行語大賞にもなりそうな勢いで、今年言われている言葉。

 http://www.asahi.com/articles/ASK445GRPK44UTIL02T.html?iref=comtop_8_03

 その『英訳』が出来ないと 朝日新聞に載っていた。

 

        

 

  よく考えてみると、84年生きているが、『忖度 そんたく』という言葉を聞いたのは初めてのような気がするし、自分では今まで使ったことも書いたこともなかった。

外人記者も「read between the line (行間を読む)」と忖度を英訳したりしたが、結局は「英語で直接言い換える言葉はない」として「sontaku」としたようだ。

忖度とは『他人の気持ちをおしはかること。推察。 「相手の心中を-する」 』ということらしくて、外人でもこのような気持ちは間違いなく持っていると思うが、それを言い表す『言葉』としてはないのだろう。

そういう意味では、日本語は語彙が豊富だと言えるのだろうか?

 

一般にもこのような『気遣い』はするのだろうが、官僚というかお役人は、業務の中で日常的にやっているようである。

 

★さらに調べていたら、こんな記事もあった。

 

   https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170403-00000004-wordleaf-soci

 

 こちらの方が、もっと詳しい。

 

  

 

 『「忖度」は日本特有の言葉と解釈されそうですが、漢語であって、和語(大和ことば)ではありません。紀元前の中国の古典に起源をもつことから、儒教社会に共通する心の所作ともいえそうです。』

 と書いてあった。

 一つの言葉でも、いろいろとあるものである。

 とにかく『忖度』という言葉をこの年になって覚えた。

 そんなに、『悪いことではない』ような気もする。

 今回の森友学園の件は、官僚も『忖度する』のが普通だろと思うが、『そうしました』と素直に言えないのが気の毒である。

 

 

 

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教育勅語 意識調査

2017-04-05 04:19:12 | 発想$感想

教育勅語の教材活用について閣議決定がなされたというニュースが流れた。

 正直ちょっとびっくりしたが、

菅官房長官は、教育勅語の教材活用について「懸念は生じない」との認識を示しました。一方、野党は「教育勅語は憲法と教育基本法に反する」と非難しています。あなたは、教育勅語の教材活用についてどう思いますか?

ということでYahoo の意識調査がなされている。

 

   

 

 この結果を見て、『問題ない』いという人が33%もいるのは、そんなにいるのか? と思ったし、『問題ある』という人が61%もいるのも、そんなにいるのか?と思ったりしたのである。何か矛盾した感想のように思われるかも知れぬが、正直な感想である。

 私自身『教育勅語』を暗唱させられて育った世代なのだが、この勅語を暗唱したことで12の徳目が身に付いたとも思えないのである。

 

 

  

 

12の徳目がそこに含まれているなどと言うのが、解ったのも実は極々最近のことで、『教育勅語』だけではなくていろんな機会に何となく身に付いたように思うのである。『賛否両論』いろいろあるのだろうが、『教育勅語』なるものが存在したことの経緯などを含めて、『道徳教育』などと言う仰々しい取り上げ方ではなくて、自然に子どもたちが知ること自体は、そんなに問題ではないのではなかろうか?

世の中に存在するいろいろなことを、すべて『賛否両論』で色分けしてしまう風潮のほうが問題のような気がする。物事は、いろんな角度から見ることができるはずで、明治天皇が『教育勅語』を発せられたときの『お気持ち』はどんなものだったのだろう?

普通に、自然に、『自らの想い』として発せられたに違いなくて、後世でこんな議論になることなど思いもされなかったことだと思う。

 

    

  

Yahoo の意識調査のコメントを読んでみたが、こんなご意見は尤もだと思った。

この問題は、単純に Yes,No で答えられないのかも知れない。

 

●「国の為なら個人はどうなっても構わない」という考え方は、長い目で見れば国の為にもならず、また「個人の為なら国はどうなっても構わない」という考え方は、長い目で見れば個人の為にもならない。戦争の反動で、戦後日本はあまりにも国の利益を軽視・敵視しすぎてきたので、適切なバランスを取るためにも、勅語の精神は活用してもよい。

● 全文を暗唱させるとかはやりすぎだと思うが12の徳目を否定することもないと思う。
読む人によって意味が変わるほど難解な文章ではないと思うでのすが、一度自分の思想を抜きにしてきちんと読んでみませんか?
そうすれば反対する人の「教育勅語は国や天皇のために働けと強制するもの」的な誤解も誤解だとわかるはずです。
それに今の日本で教育勅語を悪用して軍国化しようとしても昔から変わってしまったこの国に戦争しようという空気は蔓延しないと思います。
きっと教育勅語で軍国化するって言っている人は政治利用したいか本当は戦争したい人なのでしょう
 
● 学校の役割はもっと「学問」に限定させるべきであって、特に公立学校では、学問以外の活動(部活など)・教科(体育・道徳など)は廃止されるべき。よって一種の道徳を説く「教育勅語」は、公教育からは排除されるのが望ましい。
更に言えば、「親孝行しましょう」「兄弟仲良くしましょう」なんて、お上が国民に説く事柄ではない。そうでなくても個々の家庭事情は異なる。親孝行しなくても、兄弟仲が悪くても、友人知己を全員信用していなくても、国民の義務を果たしていれば一向に構わないので、今更学校で取り上げる必要は無い。
無論、私立校であれば、入学に関して選択の意思があるので、特に問題は無かろうと思います。
 
 
 
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カワサキの二輪事業と私 その47 昭和51年(1976)

2017-04-04 06:49:04 | 自分史

★昭和51年(1976)は、ロッキード事件田中角栄が逮捕され、毛沢東が亡くなった年である。

クロネコヤマトが宅急便を始めた年でもあるのだが、カワサキの二輪事業にとっては、本格的に開発途上国のCKD事業をスタートした年でもある。

事業部内では吉田専務を筆頭に、『小型車のプロジェクト』が主として生産構造体制を中心に検討が進められていて、これに基づく長期計画の策定が、企画室企画部の私自身に与えられていたテーマだったのである。

カワサキの場合は完成車での小型車の量販は非常に難しいと思ったし、それに対応する量産設備の大型投資などは、正直非常に危険だと思っていたので、未だ本格的には手を付けていない開発途上国市場への進出を具体的に検討すべきだと思ったのである。

 

 

   

 この年の1月19日に『東南アジア市場に関する当面の基本方針』ということで青野副本部長までの承認を得て、この1年がスタートするのである。

(今になって気が付いたが、50-1-19となっているが、51年の間違いである)

このプロジェクトに関しては私自身の提案であったが、企画室企画部としての提案であったので、それは即事業本部のこの年最大のテーマとして展開されたのである。

● 4月には『小型車に関する考察』という25ページに亘る論文を纏め、塚本本部長以下の正式承認を得て

● 5月17日から約1ヶ月間、髙橋鐵郎団長以下の『東南アジア市場調査団]による市場調査を 台湾ーインドネシアータイーイランーマレーシアと行い

● 7月には、その報告とその対策について具体的に吉田専務以下の承認を得て

● 9月には、『市場開発プロジェクト室』という新しい職制が立ち上がることが決まリ、高橋鐵郎さんが技術本部と兼務で担当されることになった。

● そのメンバー構成などの相談にも乗ったのだが、当初は私はあくまでも起案者の立場であったのだが、いろいろとあって

● 11月1日の新組織『市場開発プロジェクト室』のスタート時には、私も加わって高橋鐵郎部長を支える立場となるのである。

● 12月には進行中であった『タイとの合弁問題』を私自身が出張して、纏め上げタイとの合弁会社が具体的にスタートする運びとなるのである。

 

 

    

 

   

これは『市場開発プロジェクト室の基本運営方針』を塚本本部長以下に報告したその議事録だが、これらはすべて私自身が自筆で纏めたものである。

 

★昭和51年度は、こんな開発途上国対策を中心に事業本部は展開し11月には新職制が立ち上がったのである。

前年の10月に企画室企画部に異動しすぐこの小型車問題を担当したのだが、結局は自らが起案したものを自らがやるそんな立場になってしまったのである。

企画という普通一般には『エリートコース』と言われている職場をたった13ヶ月で去ることになったのだが、この年の10月29日の日記に次のように書いている。

企画での1年1ヶ月が今日で終わった。この1年は将来の勉強期間としては貴重であった。今日武本君は直接礼を言ってくれたし、今城君は寂しそうだった。木戸君は今回の異動を言ってくれなかったとおこった。森田君は新しい机を那波くんに頼んでくれた。気持ちよく部下に送り出して貰えることは満足である。企画に未練を持たずに、いつか本当の意味での中枢として、企画に返り咲く日を楽しみに、営業の仕事に突っ込みたい。』

このプロジェクトで、高橋鐵郎技術本部長と初めて『仕事』を一緒にすることになった

このあと私が現役を引退するまで、高橋鐵郎さんとの二人三脚が続くことになるのだが、『東南アジアの調査団』の団長は当初塚本本部長は大槻幸雄さんを指名されたようなのだが、大槻さんは、多分『小型車には興味がなかった』のだろう。それを断られたので、髙橋鐵郎さんが団長となられたのである。

若し高橋さんが調査団の団長をされていなかったら、新しい組織もできていなかったのではないかと思う。

 

★ 『東南アジア調査団』 カワサキの二輪事業の長い歴史の中で、これくらい組織的に大がかりに、事業本部長直接の指示で『市場調査』が行われたのは後にも先にもこれだけだと言っていい。本格的なメンバーを集めての1ヶ月に亘る現地調査だったのである。

●調査団団長 高橋鐵郎

 当時は技術本部長であったが、カワ販に出向されて以来、マーケッテングの分野に非常に関心を持たれていた。『市場開発プロジェクト室長』を兼務されて以来、営業部、カワ販、KMC、事業本部長を歴任されて、川崎重工業副社長となられた。

●副団長 安藤佶郎

 当時は生産管理部長、『リンカーン工場』の生産構造体制をを社長として確立。『トヨタ生産方式』をカワサキ独自のシステムとして完成など、カワサキの創世期のレース監督時にはF21M のエンジンの制作など。

● 川崎芳夫

 当時は商品企画課長、それ以前は単車の生産管理を担当、あの「青野ヶ原モトクロス」の実務担当をされた。川崎重工の創始者・川崎正蔵さんの曾孫つい先日の酔心館でもご一緒した。

● 山辺 昻

 当時は東南アジア営業課長。私と同期、ヨーロッパ部品会社社長、カワ販西日本販売専務などを歴任。若い頃は労働組合の専従者としても活躍された。

● 松田与市

 当時はカワ販中日本の専務。 メイハツ時代から、カワサキ九州・九州・近畿・東京などの市場最前線の営業を担当し、カワサキの中でもマーケッテングの第1人者として活躍された。

● 古谷錬太郎 当時は企画室企画部課長

案内役として現地担当していた多賀井くんの7人で構成されのである。

 

1ヶ月の市場調査は、各国の地方の末端市場まで足を延ばしたもので、『観光』など皆無と言っていい充実したものだった。

一番びっくりしたのはやはり『イラン』である。、

イランでは商社日商のメンバーとの合同調査となったのだが、テヘランから工場のあったサベイも、ホンダの工場など、遠く田舎へも足を延ばしたのである。

当時一番『行きたくない国』と聞いてはいたが、暑いし基本的に砂漠だし、回教徒の発想は独特で、計画は「そんなのは神様の分野」だという。数字の1,2,3が通じなくてアラビヤ語の数字がある。 テヘランの街には街路樹はあるが1日に数回山に貯めている水を流してやっと育っている、そんな状態なのである。

地方からテヘランに戻る飛行機が急遽飛ばなくなってレンターカーを借りて、見渡す限り砂漠の中を延々400キロ車で走ったりしたが、飛行機がなぜ飛ばなくなった理由も何の説明もないのである。あの時は現地の日商の商社の人がいたので助かった。

回教国の人たちの発想も習慣も独特である。会議の途中でも突如お祈りに入ってしまうし、日本人から見ると『変わっている』と思うのだが、日本人1億人の何倍もの回教徒がいるのだから、『日本人が変わっているのでは?』とこの1ヶ月の出張で私はそう思うようになったのである。

タイも、インドネシアも同じ華僑でも、商売のやり方は全然違うのである。同じカワサキのバイクを売るにもいろんなやり方があるのだということを身に染みて感じたのである。

私にとっては、アメリカに次いで2回目の海外、初めての仕事としての海外出張は『得るものいっぱい』だったのである。

 

最初のタイプロジェクトは、私の海外での初仕事であった。それを一緒にやってくれたのが『小池博信』くんである。

その小池くんが退職後、こんな自分史を書かれていて、そこに『タイプロジェクト』のことも、私のことも出てくるのでご紹介することにするので、ご一読下さい。

 

                   

       

 

  

 

          

   

  種子島経さんが『モーターサイクルサム アメリカを行く』という自分史の本を出版したのが、この年の7月ごろのことである。

 まだ、彼は企画室・企画部で、私の隣に座っていた現役パリパリの頃だったので、ちょっとびっくりしたのをよく覚えている。

 

 『小型車』を中心に、事業本部が動いた1年であったと言ってもいい。

 『中・大型車』のアメリカ市場の衰退が顕著に表れ始めた年でもあった。

 

 

★ その歴史ー「カワサキ二輪事業と私」を最初からすべて纏めて頂いています

https://www.facebook.com/%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-662464933798991/

 

★ https://www.facebook.com/1126074024157186/

 

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ドラセナ・コンシンネ

2017-04-03 06:39:32 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 『ドラセナ・コンシンネ』 どうしても名前が覚えられないので、このブログにアップしておいて、忘れたら見ることにする。

 

  育て方が出ていたので、 念のためにリンクしておく。

   http://sodatekata.net/flowers/page/391.html

 

 

    

 

  一昨年に買ってきたのだが、その冬に何故かみんな葉が落ちてしまって、それからちょっと気を付けて大事に育てたら、昨年夏には復活した。

  今年の冬は気をつけていたら、順調に育ったので、昨日玄関の陽当たりのいいところに置くことにした。

  5度C 以下はダメなようである。

 

    

 

 

        

 

 

       結構元気に育っている。

 

  枝を切って挿し木にしたら、昨年ちゃんと育った。

 

  

 

 

   左の方が最初に挿し木にしたほうである。

   それをもう一度切って、さらに挿し木にしたのが右である。

 

 

   

 

 

   左のほうの、上の部分にわずかに芽が覗いている。

 

   今年はそのあたりから何本か芽が出たら、親の木のように株が分かれて立派になるだろうと思っている。

   成長するものを『育てる』のは、なんでも夢があって楽しいものである。

   

 

 

    

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