60年代末ごろより、アンプのパワーが増強されストーンズ、ツェッペリンにグランド・ファンクなどのロック・バンドはより大きな会場でライブを行うことができる様になった。
これが70年代になってアリーナ・ロックとかスタジアム・ロック、さらに日本では産業ロックてな呼称もされるようになった。
特に70年代後半になると、大箱の会場を埋めるための大勢の観客を動員するには、一般大衆に比較的分かり易いポップでハードな芸風のバンド、ボストン、ジャーニーやスティックスなんかが好まれた。
1976年のデビュー・アルバムのメロディアスかつスペーシーなハード・ロック・サウンドが受けて、全米3位を獲得したボストン。本日は1978年の彼らのセカンド・アルバム、Don’t Look Backでも。
当初はArrival(到着)なるアルバム・タイトルも検討されたが、ABBAに先を越されてDon't Look Backに
(トップ・シークレットだった、ボストン号のGeneral Arrangementもついに解禁)
リーダーの完璧主義者、トム・シュルツとしてはこのアルバムの収録時間が33分程度だったことからさらにもう1−2曲アルバムに収録する構想だったのでは思われ、彼の思うような完成の域にまだ達していなかったのだが、レコード会社の強烈な圧力で作品が世に出ることに。
それでも全米1位に輝き、アリーナ・ロックにおける頂点の一角を占めることとなるも、第3作目のアルバムが一向に完成することなくレコード会社との訴訟問題に発展、結局レーベルをEpicからMCAに移籍することになり第2作目から8年後に3作目がようやく登場した。
もしトム・シュルツと同じくらいの音楽の才能があれば、それまでのヒット・アルバムの焼き直し感覚で8年間に4−5枚ぐらい作品作っちゃうけどね。
収録時間は短いけれど、捨て曲なし!
これはリアルタイムで体験しました。
トム・シュルツが完璧主義者であったのは、
当時の雑誌の記事で見たことありますが、
まぁ度が過ぎているというか。いい曲を作るから許されたんでしょうね。
凡人の私なぞに言わせれば。もう少し上手く立ち回れなかったものかと...
人生なんて妥協の産物だとこの歳になると余計に思ってしまうのですが。
まあ、凡人ゆえの考え方なのかもしれませんが...