「旅」での「出会い」

2010年06月06日 | 出来事 -

旅の出発前は、その行き先と、用途によって、荷物も変わってくる。
最近は、天候不順がちょっとは落ち着いたものの・・・・まだ、オテントウさまに
予想はたたないものだと思っている。(密かにカッパも装備!)

日曜日の朝、出発する。
初めてのホテルに、今、インターネット予約をしたところだ。
今年は、仕事を離れて・・・・若い頃にやって、世界中を飛び回っていた「昔」のように、
気ままな当日決定スケジュールの「気まぐれ旅」をしてみようと思っている。
交通事故のような・・・予定調和ではない「(想定外の)出会い」に期待しながら・・・。




地方へ出向くと、素晴しい風景や人々との「出会い」と、遭遇することがある。


「里山」という言葉で定着している場所は、特にそうだ。
景観の美しさだけではない。
その場所に長く息付く人々の“たたずまい”や、気持ちの“精細さ”や“温かさ”を
感じるときがある。
我が四国:霊場八十八箇所に映しだされてくる「情」のようなものであろうか。


「里山」は、今、消えつつあるが・・・
出あったときの壮大な景色は、素晴しい感覚になる。
そこに住んでいる人々は、自然の論理や秩序も尊重して、自給自足までいかなくても、
隣近所の人々と一緒に「持続可能な暮らしぶり」を保持してきている。
尊敬に値することだ。




「昔の生活に戻ればよい」「自然回帰だ」などと叫んでも、そんなに簡単なことではない。

人々は、その場所の風土や、自然のサイクルと、相談しながら・・・共存しながら、
生きてきたのだから、今の生活は(解釈を変えれば)「今そのもの」だとも言える。

旅人は、少しだけ、その空気感を共有させていただくだけの「我侭な立場」だ。
本当に、期待に胸を膨らませつつ・・・・同時に・・・・・・
最近は、私自身が将来を危惧する「日本国内の各地の人々」を思うようになった。

どの場所に住んでいても、どんな暮らしをしていても、
みんなが「穏やかに暮らせる環境であればよいのに」と、「願い」のような気持ちになる。
特に、近い将来のことを考えると、その気持ちがより一層、強く感じられるようになった。