自然コレクション

秋田の田舎暮らし!
アウトドアー生活を紹介します。

聖徳太子神社があります

2021年12月11日 05時26分00秒 | 霊場

自宅より4kmほど南下した出戸集落に聖徳太子神社があります。とても閑静な場所で駐車エリアもありません。地域密着の神社で、余り知られていないところです。昨日は、小春日和だったので出かけてみました。

ここは、文永10年創設とされています。鎌倉時代で、北条時宗が蒙古襲来で戦わずして勝利した文永の役の1年前のことです。鷹島という方が勧請したとあります。


なぜ出戸に聖徳太子を祀ってあるかは定かではありませんが、聖徳太子が神格化されてからさまざまな変化があるのです。聖徳太子は、飛鳥時代の皇族・政治家・思想家ですが、民間信仰においては、大工をはじめ、建築関係の職人の守護神として崇敬され、職人が集まる太子講などの場において篤く祀られています。聖徳太子と職人の結びつきに関しては、一見その理由がわかりにくいですが、それなりに深い縁があり、それは太子の仏教における事績と関係しています。法隆寺造営などの実績です。

可愛い系の狛犬!


聖徳太子はもともと職人の祖神として信仰されていたわけではありません。太子のイメージはその死後、時代とともに神格化していき、様々な伝説が生まれました。中世以降、仏教家によって太子は日本の仏教の開祖と崇められ、太子信仰が大いに広まっていきました。神仏習合の風潮のなかで、太子を始祖とする太子流神道なども登場するほどでした。そうした太子信仰が民間に広がる中、近世になり大工、屋根色、石屋、畳屋、表具師、瓦製造、桶屋、鍛冶屋などの職人が、太子講を組織し、太子を祖神として祀る習慣が生まれました。これが中世期です。


出戸には幕府の田んぼはほとんどありません。もちろん武士でもありません。職人の居住地で有れば聖徳太子神社を勧請したのももうなずけけます。出戸では、戦前、出戸ムシロと言ってムシロを編んで生計を立てていた人がたくさんいたのです。


写真を撮り忘れましたが、聖徳太子神社の額縁の下に掘られている龍はとても芸術的です。

日本の八百万の神は多彩であるから、一般にそれぞれの職業に応じた守護神が祀られています。もともとはそれぞれ職種ごとに守護神を祀っていましたが、それとともなってしだいに聖徳太子も祖神としてまつられるようになったと言われます。


ちなみに山の神やお地蔵さんも祀られています。仏教とも深く関係をもった神社である事が伺えます。






とても綺麗な境内で、日本海が眼前に広がる景観は素晴らしいです。西目のスピチュアルスポット(超自然的)のひとつです。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アローカナ遂に産卵 | トップ | 鳥海 直根(ひたね)の蕎麦 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

霊場」カテゴリの最新記事