大学を卒業し、営業の仕事を始めて約20年。久美子は骨の髄まで営業のプロとなった。
相手の心をつかむサービストークに、迅速な行動力、機を見るに敏な判断力で、数々の商談を取りまとめてきた。
それなのに、ああそれなのに、どうして休日になるとサモ・ハンことユウキの相手をしなければならないのだろう?
今日も朝から、携帯が不吉な音を立てる。
-おはようございます。今日も彼女はいないよぅ~。
てっきり、小雪のような彼女を想像していたが、こちらもランクを下げておくべきだろう。
ユウキが気に入らないのならば無視すればよいものを、長年の営業で染みついた律儀さがそうはさせてくれない。反射的に即レスしてしまう習性が恨めしかった。
-おはよう。今日は予定があるから、メールはちょっとだけにしてね。
-そうなんだぁ。明日も休み? デートしたいなぁ。
デート!? その文字が目に入ったとたん、久美子は頭が真っ白になった。
明らかに、ユウキの願望はエスカレートしている。無理もない。脈アリと思われたのだろう。こちらは小池徹平をイメージしていたからこそ、ストッキングを送ったり写メを交換したというのに、まったくの誤解だったのだから。
久美子はひたすら、引き際を推し量っていた。
-明日も休みだけど、デートする気はないわよ。彼女に悪いもの。
写メを見たあと、あからさまに態度を豹変させるのは性に合わない。ここはあくまでも大人の対応をしなくては。
-そんなこと言わないでよぉ~! 一緒にご飯食べるだけでいいよぉ~。
言ってないよ、書いただけでしょ! と揚げ足を取りたくなったが我慢した。
ユウキの家と久美子の家は、決して近くはないが同じ都内だ。会えない距離でないことが裏目に出た。
-あなた、彼女に世話になっているんでしょ。恩知らずな真似をするものじゃないわ。
-恩知らずじゃないよぉ。僕だってちゃんとお米研いだり、お風呂を洗ったりしてるよぉ。お願いだから会ってください!!
たかが、米研ぎと風呂洗いで対等意識を持つなよ!
なかなかしつこい相手と、不毛なやり取りを延々と続けるのは、もはや限界だった。
そうだわ、ひとまずここはOKしておいて、当日ドタキャンしちゃえ! それから、アドレス変えればいいんだわ!
久美子は妙案を思いついた。ユウキに待ちぼうけを食らわすという手もあるが、後味の悪いことはなるべく避けたい。せめてキャンセルの連絡くらいはしてやるか……。
-わかったわよ。じゃあ、何時にどこがいいの?
-ありがとうございます!! 時間は何時でもいいよぉ。場所は上野あたりでどうかな~。
上野……。まさか、アメ横に行こうとしているのでは……?
言っとくけど、私は銀座や六本木が好きなのよ。
まあいいや、本当に行くわけじゃないんだから。
-上野? 別にいいけど、2時くらいにしてもらえる?
-もうちょっと早くしてもいいかな? 10時とか。昼ごろ出掛けると、彼女が怪しむんだ。
だったら、何時でもいいって書くなよ!! 久美子は段々腹が立ってきた。
-2時よ。じゃないと会わないわ。
-わかりました。2時でいいです。
-じゃあ、そういうことで。
やっと終わる! と安堵したが、まだ早かった。
-最後にもうひとつ…
え? まだ何かあるの?
-5000円しかないんだけど、大丈夫かなぁ?
その瞬間、頭の上から火山が噴火するような怒りが爆発した。
なに、このガキ、ふざけんなっっ!!!
感情に任せて痛烈なメールを送ってやろうかとも思ったが、これはまたとないチャンスである。久美子は冷静になって、品よくユウキを撃退する文を打ち始めた。
-ユウキ君、話の順番が違うでしょう。どこの世界にお金もないのに女を口説く男がいるの? この話はなかったことにしてちょうだい。
風向きが変わった実感があった。
-割り勘じゃダメなんですかぁ?!
ユウキから子供じみたお願いをされたが、もはや勝利は目前だ!
-私は会いたくないのに、あなたがどうしてもと頼むから会うことになったんでしょう。それなのに、あなたは10時がいいとか、5000円しか出せないとか、筋の通らない要求ばかりしているのよ。おかしいと思わない?
追い風に乗り正論で攻めた。ユウキからの返信は、読む前から何が書いてあるのか予測できた。
-わかりました…。
それ以来、ユウキからのメールはパタリと途絶えた。
時計を見ると1時間が過ぎていた。長い攻防戦がようやく終わったのだ!
久美子は、アドレスを変更するまでもなく、身の程知らずな男をグウの音も出ないほど叩きのめした完全勝利に酔いしれた。
気分いいーッ!! そうだ、砂希のヤツにこの顛末を教えてやろう!
友人の砂希は趣味でエッセイを書いており、ネタを提供すると非常に喜ぶのだ。早速メールを打ち始めた。
-この間のメル友の続編があるよ! 聞きたかったら、ケーキ持参でうちにおいでよ~!
転んでもタダでは起きない。
久美子はやっぱり、営業のプロだった。
お気に召したら、クリックしてくださいませ♪
※姉妹ブログ 「いとをかし」 へは、こちらからどうぞ^^ (10/25更新)
相手の心をつかむサービストークに、迅速な行動力、機を見るに敏な判断力で、数々の商談を取りまとめてきた。
それなのに、ああそれなのに、どうして休日になるとサモ・ハンことユウキの相手をしなければならないのだろう?
今日も朝から、携帯が不吉な音を立てる。
-おはようございます。今日も彼女はいないよぅ~。
てっきり、小雪のような彼女を想像していたが、こちらもランクを下げておくべきだろう。
ユウキが気に入らないのならば無視すればよいものを、長年の営業で染みついた律儀さがそうはさせてくれない。反射的に即レスしてしまう習性が恨めしかった。
-おはよう。今日は予定があるから、メールはちょっとだけにしてね。
-そうなんだぁ。明日も休み? デートしたいなぁ。
デート!? その文字が目に入ったとたん、久美子は頭が真っ白になった。
明らかに、ユウキの願望はエスカレートしている。無理もない。脈アリと思われたのだろう。こちらは小池徹平をイメージしていたからこそ、ストッキングを送ったり写メを交換したというのに、まったくの誤解だったのだから。
久美子はひたすら、引き際を推し量っていた。
-明日も休みだけど、デートする気はないわよ。彼女に悪いもの。
写メを見たあと、あからさまに態度を豹変させるのは性に合わない。ここはあくまでも大人の対応をしなくては。
-そんなこと言わないでよぉ~! 一緒にご飯食べるだけでいいよぉ~。
言ってないよ、書いただけでしょ! と揚げ足を取りたくなったが我慢した。
ユウキの家と久美子の家は、決して近くはないが同じ都内だ。会えない距離でないことが裏目に出た。
-あなた、彼女に世話になっているんでしょ。恩知らずな真似をするものじゃないわ。
-恩知らずじゃないよぉ。僕だってちゃんとお米研いだり、お風呂を洗ったりしてるよぉ。お願いだから会ってください!!
たかが、米研ぎと風呂洗いで対等意識を持つなよ!
なかなかしつこい相手と、不毛なやり取りを延々と続けるのは、もはや限界だった。
そうだわ、ひとまずここはOKしておいて、当日ドタキャンしちゃえ! それから、アドレス変えればいいんだわ!
久美子は妙案を思いついた。ユウキに待ちぼうけを食らわすという手もあるが、後味の悪いことはなるべく避けたい。せめてキャンセルの連絡くらいはしてやるか……。
-わかったわよ。じゃあ、何時にどこがいいの?
-ありがとうございます!! 時間は何時でもいいよぉ。場所は上野あたりでどうかな~。
上野……。まさか、アメ横に行こうとしているのでは……?
言っとくけど、私は銀座や六本木が好きなのよ。
まあいいや、本当に行くわけじゃないんだから。
-上野? 別にいいけど、2時くらいにしてもらえる?
-もうちょっと早くしてもいいかな? 10時とか。昼ごろ出掛けると、彼女が怪しむんだ。
だったら、何時でもいいって書くなよ!! 久美子は段々腹が立ってきた。
-2時よ。じゃないと会わないわ。
-わかりました。2時でいいです。
-じゃあ、そういうことで。
やっと終わる! と安堵したが、まだ早かった。
-最後にもうひとつ…
え? まだ何かあるの?
-5000円しかないんだけど、大丈夫かなぁ?
その瞬間、頭の上から火山が噴火するような怒りが爆発した。
なに、このガキ、ふざけんなっっ!!!
感情に任せて痛烈なメールを送ってやろうかとも思ったが、これはまたとないチャンスである。久美子は冷静になって、品よくユウキを撃退する文を打ち始めた。
-ユウキ君、話の順番が違うでしょう。どこの世界にお金もないのに女を口説く男がいるの? この話はなかったことにしてちょうだい。
風向きが変わった実感があった。
-割り勘じゃダメなんですかぁ?!
ユウキから子供じみたお願いをされたが、もはや勝利は目前だ!
-私は会いたくないのに、あなたがどうしてもと頼むから会うことになったんでしょう。それなのに、あなたは10時がいいとか、5000円しか出せないとか、筋の通らない要求ばかりしているのよ。おかしいと思わない?
追い風に乗り正論で攻めた。ユウキからの返信は、読む前から何が書いてあるのか予測できた。
-わかりました…。
それ以来、ユウキからのメールはパタリと途絶えた。
時計を見ると1時間が過ぎていた。長い攻防戦がようやく終わったのだ!
久美子は、アドレスを変更するまでもなく、身の程知らずな男をグウの音も出ないほど叩きのめした完全勝利に酔いしれた。
気分いいーッ!! そうだ、砂希のヤツにこの顛末を教えてやろう!
友人の砂希は趣味でエッセイを書いており、ネタを提供すると非常に喜ぶのだ。早速メールを打ち始めた。
-この間のメル友の続編があるよ! 聞きたかったら、ケーキ持参でうちにおいでよ~!
転んでもタダでは起きない。
久美子はやっぱり、営業のプロだった。
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