暑い夏の夜だった。
当時、まだ独身だった私は、アイスを求めて家の近くのコンビニまで買い出しに行った。
「砂希」
自動ドアの手前で、私を呼ぶ声がした。後ろを振り返ると、幼なじみの奈保子が手を振っている。彼女は、小学校から高校までずっと一緒で、毎日仲良く登校した親友である。高校卒業後、私は大学に進んだが、奈保子は大手都市銀行に入行し、すっかり疎遠になっていた。
「奈保子、久しぶりだね!」
「元気だった!?」
買い物そっちのけで、おしゃべりが始まる。今は、高卒で都銀に就職するなど考えられないけれども、25年前では可能だったのだ。当時は、第一勧業銀行と呼ばれていた企業が、奈保子の就職先である。お金を扱う仕事は苦労が多く、不足を出すと、課長がポケットマネーで穴埋めするから申し訳ないとこぼしていた。
店の外で立ち話をしていると、蚊が寄ってくる。私も奈保子もO型のせいか、刺されやすい。足をちょこちょこと動かし、なおも会話を続けていたら、30歳前後の怪しげな男が、ぶしつけな視線を向けてきた。
まだ若そうだが、頭はハゲかかっており、痴漢のような目をしている。自転車にまたがったまま、スピードを落として、私と奈保子を交互にジロジロ見ていた。やがて、飽きたように視線を外し、無言で立ち去った。気味が悪い。蚊のほうがずっとマシだ。
私は迷わず、率直な感想を口にした。
「なに、あの男、キモ~い!」
奈保子が何も言わないので、調子に乗って続けた。
「なんかさぁ、変質者っぽいよね。頭おかしいんじゃない!?」
「……ゴメン、あれ、お兄ちゃんなの……」
奈保子は目をそらし、小さな声でつぶやいた。
「ゲッ」という驚きの声を、かみ殺すのに苦労した。そういえば、たしかに奈保子には3歳上の兄がいたが、中学生のときは普通だったはずだ。まるで別人の姿に仰天しつつも、私は「世紀の失言」をどう挽回するかで、頭がいっぱいだった。
「そっ、そうだったの、あれがお兄ちゃん」
「…………」
「いやぁ、久しぶりすぎてわかんなかったわぁ~」
「…………」
どう考えても、フォローできるはずがない。こうなったら、「三十六計逃げるに如かず」だろう。
「あっ、もう私、買い物して帰らなくちゃ!」
家族の欠点を他人に指摘されると、大変腹が立つということは、あとから知った。
たとえば、私の母は、ときどき、「カッカッカッカ~」という下卑た笑い声を上げる。これが非常にいやで、「友達の前では静かに笑って」と注文をつけたことがある。
初めて彼氏が遊びに来たとき、母は気をつけて「フフッ」とおしとやかに笑っていた。ところが、若い男の子を前にして、気分がよかったのだろう。時間が経つにつれ、化けの皮がはがれてきた。「カカッ」と聞こえたときは、「ヤバい」と焦ったが、もはや手遅れだ。たちまち全開となって、「カッカッカッカッカ~~~~!!」の楽しそうな声が響き渡った。
笑顔の母とは対照的に、私は目を剥き、倒れそうであった……。
とどめは、彼氏の「すごい笑い方するお母さんだね」という言葉である。自分では、十分にわかっていることなのに、このときばかりは、なぜかムカッとした。
家族の悪口は、わがことと同様に、気分を害するものらしい。
さいわい、奈保子とは、まだ年賀状のやり取りが続いている。
でも、「お兄ちゃんはどうなりましたか」なんて書けないし……。
クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
当時、まだ独身だった私は、アイスを求めて家の近くのコンビニまで買い出しに行った。
「砂希」
自動ドアの手前で、私を呼ぶ声がした。後ろを振り返ると、幼なじみの奈保子が手を振っている。彼女は、小学校から高校までずっと一緒で、毎日仲良く登校した親友である。高校卒業後、私は大学に進んだが、奈保子は大手都市銀行に入行し、すっかり疎遠になっていた。
「奈保子、久しぶりだね!」
「元気だった!?」
買い物そっちのけで、おしゃべりが始まる。今は、高卒で都銀に就職するなど考えられないけれども、25年前では可能だったのだ。当時は、第一勧業銀行と呼ばれていた企業が、奈保子の就職先である。お金を扱う仕事は苦労が多く、不足を出すと、課長がポケットマネーで穴埋めするから申し訳ないとこぼしていた。
店の外で立ち話をしていると、蚊が寄ってくる。私も奈保子もO型のせいか、刺されやすい。足をちょこちょこと動かし、なおも会話を続けていたら、30歳前後の怪しげな男が、ぶしつけな視線を向けてきた。
まだ若そうだが、頭はハゲかかっており、痴漢のような目をしている。自転車にまたがったまま、スピードを落として、私と奈保子を交互にジロジロ見ていた。やがて、飽きたように視線を外し、無言で立ち去った。気味が悪い。蚊のほうがずっとマシだ。
私は迷わず、率直な感想を口にした。
「なに、あの男、キモ~い!」
奈保子が何も言わないので、調子に乗って続けた。
「なんかさぁ、変質者っぽいよね。頭おかしいんじゃない!?」
「……ゴメン、あれ、お兄ちゃんなの……」
奈保子は目をそらし、小さな声でつぶやいた。
「ゲッ」という驚きの声を、かみ殺すのに苦労した。そういえば、たしかに奈保子には3歳上の兄がいたが、中学生のときは普通だったはずだ。まるで別人の姿に仰天しつつも、私は「世紀の失言」をどう挽回するかで、頭がいっぱいだった。
「そっ、そうだったの、あれがお兄ちゃん」
「…………」
「いやぁ、久しぶりすぎてわかんなかったわぁ~」
「…………」
どう考えても、フォローできるはずがない。こうなったら、「三十六計逃げるに如かず」だろう。
「あっ、もう私、買い物して帰らなくちゃ!」
家族の欠点を他人に指摘されると、大変腹が立つということは、あとから知った。
たとえば、私の母は、ときどき、「カッカッカッカ~」という下卑た笑い声を上げる。これが非常にいやで、「友達の前では静かに笑って」と注文をつけたことがある。
初めて彼氏が遊びに来たとき、母は気をつけて「フフッ」とおしとやかに笑っていた。ところが、若い男の子を前にして、気分がよかったのだろう。時間が経つにつれ、化けの皮がはがれてきた。「カカッ」と聞こえたときは、「ヤバい」と焦ったが、もはや手遅れだ。たちまち全開となって、「カッカッカッカッカ~~~~!!」の楽しそうな声が響き渡った。
笑顔の母とは対照的に、私は目を剥き、倒れそうであった……。
とどめは、彼氏の「すごい笑い方するお母さんだね」という言葉である。自分では、十分にわかっていることなのに、このときばかりは、なぜかムカッとした。
家族の悪口は、わがことと同様に、気分を害するものらしい。
さいわい、奈保子とは、まだ年賀状のやり取りが続いている。
でも、「お兄ちゃんはどうなりましたか」なんて書けないし……。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)