これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

野口屋さんの日

2011年08月14日 21時08分38秒 | エッセイ
 以前に豆乳の話を書いたら、マイミクさんから「野口屋さんの豆乳がとても美味しい」というコメントをいただいた。
 野口屋さんについて調べてみると、店舗販売ではなく、リヤカーで移動しながら引き売り販売をしているらしい。昔ながらの行商をイメージしてもらえばよいだろう。都内を中心に、埼玉、神奈川などでも営業しているそうだ。しかし、一向に見たためしがない。縁がないのかしらと諦めていた。
 ところが、そうでもなかった。
「お母さん、家の前に誰かが来ているよ」
 ふた月ほど前のことだ。ラッパの音に気づいた娘が、私を呼びに来た。たまたま、日曜日の夕方だったので、家族は皆そろっていた。
「なんだろう」と思って窓の外を見ると、「築地野口屋」と書かれたのぼりが目に入った。
「ああっ、野口屋さんだぁ~!!」
 のぼりの下にはリヤカーがあって、若いお兄ちゃんが客待ちをしている。これは行くしかない!
 あわてて財布をつかみ、ドタドタと階段を下りていく私を見て、娘は義母にも声をかけた。
「お母さんが大騒ぎして出て行ったから、おばあちゃんも行ったほうがいいと思うよ」
 
 私がリヤカーにたどり着くと、すでに先客がいた。近所の奥さんだ。
「ありがとうございましたぁ」
 20代前半とおぼしきお兄ちゃんが、愛想よくお礼を言ったあと、私のほうに顔を向けた。目がパッチリと大きく、鼻筋の通った優しい顔の美男子である。
「こんにちは、豆乳ありますか?」
 気をよくして尋ねると、彼は端整な顔を曇らせて答えた。
「ああっ、ごめんなさい。豆乳は売り切れちゃったんですよ」
 ガーン!
 しかし、ここからが腕の見せ所なのだろう。お兄ちゃんは笑顔で、発泡スチロール内の商品を説明しはじめた。
「今あるのは、小粒納豆と、ところてん、絹ごし豆腐、それから……」
 そういえば、納豆の残りが少ないことを思い出した。
「じゃあ、小粒納豆と絹ごし豆腐をお願いします」
 そんなやり取りをしていたら、後ろから義母が登場した。
「何を売っているの? アタシにも見せて」
 義母は、ところてんと絹ごし豆腐を買っていた。豆腐は彼女の大好物である。
 夕飯に、早速、小粒納豆と絹ごし豆腐を食べてみたら、これがメチャメチャ美味しい。



「また来週来ます」と言った通り、日曜日になると、お兄ちゃんは家の前までやってくる。
「今日は豆乳取ってありますよ!」
「えっ、ホント!?」
 かくして、ようやく私は噂の豆乳にありつけた。「飲む豆腐」という商品名の通り、実にコクのある豆乳である。「やっと飲めた」と、ひたすら感激する。



 それから、「ざる豆腐」というものもいい味だ。何もつけなくても、十分いける。



 買い物前には、必ず義母に「野口屋さんが来ましたよ」と声をかけるようにしている。
 義母も、あとから駆けつけて、おしゃべりしながら買い物をする。とても楽しそうだ。実のところ、豆腐よりもお兄ちゃんが気に入っているのではないかと睨んでいる。
 義母はかなりの面食いで、芸能人を見る目が厳しい。
 福山雅治は好みらしく、「この人、いいわねぇ」などと言っては、ウットリ画面を眺めている。野口屋さんのお兄ちゃんも、目元が福山雅治に似ているような気がする。米寿を迎えた年齢でも、異性の好みは若いときと変わらないのではないか。
 そんな話をしていたら、娘が口を出してきた。
「え~、でも、おばあちゃん、本命はキムタクだって言ってたよ」
 キムタク……。
 お見それしました。
 
 今日も野口屋さんがやってきた。お兄ちゃんが、福山雅治風の目をきらめかせて声をかけてくる。
「豆乳ありますよ!」



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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
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コメント (15)
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