これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

裏切りの入学式

2024年04月21日 17時31分58秒 | エッセイ
 今年の桜は遅かった。



 おかげで、去年の倍以上忙しかった年度末のあと、年度初めの「出かけるついで」で、千鳥ヶ淵での花見ができた。



 淡い桃色は、清楚で儚い薄幸の美少女のようだ。誰もが気にかけ、見守る存在になっている。
 東京では満開になったのが4月上旬だったため、この美少女が、新入生を迎える式典に色を添えるに違いないと期待していた。
「今年の入学式は桜の下で記念写真が撮れるんじゃないですか」
「楽しみですね」
 職員室では、ことあるごとに、そんな会話が交わされていた。
 しかし、暗い顔をして話しかけてくる職員もいる。
「笹木先生、ちょっといいですか」
 よくない話というものは、話し前からわかるものだ。「やっば~」というオーラを全開にして、職員の声やしぐさの端々から凶兆がにじみ出ている。気圧され、二歩後ろに下がって聞いた。
「……何かありました?」
「今、体育館に行ってきたんですけど、舞台の袖の幕が破れているんですよ」
「ええっ」
 何という名の幕なのかわからないが、どの幕を指しているかはわかる。急いで現場に駆け付けると、見事に「パックリ」と切断された幕が力なく垂れ下がっていた。



「ひええええ~!」
 そんな! あと3日後には入学式だというのに何たることか。
 破れ具合を確認したら、生地自体が経年劣化で薄くなっていた。刃物で切ったわけではなく、外から力がかかり、裂けたようである。いずれにせよ、こんなボロ幕を下げて、「新入生の皆さん、おめでとうございます!」などとお祝いできるはずがない。
「えーと、ガムテープあるよね」
 新しいアイデアを生み出すことは苦手だが、都合の悪い事実を誤魔化すことは得意な私である。縫うよりも貼り合わせる方が美しく仕上がると感じた。頭の中にはプレビュー画面が見えてくる。幕の裏からイメージ通りにガムテープを貼り、15分ほどで元通りに直した。
「はー、これで入学式は大丈夫でしょう。やれやれ」
 達成感でいっぱいだった。でも、誰も気づかない。連絡をくれた職員だけしかわかってくれないのが残念だ……。クソッ!
 無事に入学式を迎えられると思ったら、天気が味方をしてくれなかった。この日にかぎって風が強く、土砂降りの雨も降っているではないか。屋外の、桜の下での記念撮影はもはや絶望的。式典の間中、窓の隙間から悲鳴のような風音や、屋根に叩きつける雨粒の音が響いていた。窓から見えた空に視線を動かし、胸の内で「裏切りおって~」と罵倒した。
 式典が終わり、司会が今後の連絡をする。
「本日の記念撮影は悪天候のため、体育館で行います。このあと準備をしますので、教職員は手伝いをお願いします」
 拍手で退場した新入生がクラスごとに戻り、舞台を背景に撮影を始めた。
「あっ、直した幕も写るみたい。やったね!」
 どんな形であれ、自分の仕事が記録に残るのはよいものだ。
 とはいえ、ガムテープでは卒業式まで持つかしら? ドキッ!

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コメント (8)
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