前回の続き。
「和の精神って、なんなのよ?」
ドイツ人旅行者であるルッツに、そんなややこしい質問をされて、説明がむずかしいなら具体例で雰囲気を感じ取ってもらおうということで、その舞台は学生時代のバイト先。
社員もバイトも仲が悪く、いまいち雰囲気の悪い職場だが、そこでポジティブな新人ホンマチ君の、
「これを改善するために飲み会をしましょう!」
の声に、私は立ち上がった。
もちろん、親睦のために彼をバックアップするわけではない。
職場のパワーゲームを前に早々と「中立宣言」をした私にとって、こういった交流会はめんどくさいの一言であり、ぜひとも中止にでもなってほしいものなのだ。
そこで私は一時中立の立場を捨て、各所に情報収集のため、おうかがいを立てていくこととなった。
バイト仲間たちが、この親睦会をどう思っているかを知るためであり、そこで、なんとかお互いの敵愾心をあおり、
「なんであんな奴らと、楽しくメシなんか食わなアカンねん!」
という気にさせて、
「参加者少数につき飲み会中止」
に持っていこうという策略である。
いかなボーッとした私とはいえ、自分に害がおよびそうなときは立ち上がる。
スイスもそうだが、これが中立国を保つため最も大事なところ。
きれいごとだけでは、平和は保てないのだ。我がことながら、なかなかのワルである。
ところが、あにはからんや。この場合、そこまで大げさな話をせずとも、策はすんなりと展開していった。
そもそもが、私があおるまでもなく、せまい世界で派閥に分かれてドンパチしてるのだ。
こちらがなにしなくても、ハナから飲み会などお呼びでない。
当然出欠に関しては
「行かへんよ」
「だれが乗るか、そんな話」
「中止でええんちゃう」
けんもほろろ。中には、
「あのホンマチの、おしつけがましい正義ヅラが嫌」
そう明言する子もいたりして、なーんや、こんな調子やったら、だれも出席なんかせーへんやん。心配して損した。
なんて鼻歌でも歌いながら「欠席」に丸をした。
そうだよなあ、あんなふだんから派閥同士で牽制し合ってて、昼飯食べに行く店も絶対にかぶらんようにしてる連中が、そんな親睦会なんか出るわけあらへんよなあ。
すっかり温泉気分で飲み会当日の朝に出欠表を見てみたら、なんということか、会に欠席なのは私だけなのであった。
自分以外、全員出席。
もちろんのこと、「だれが行くか!」とか、「偽善者」と、あれだけホンマチ君のことをボロッカスにこきおろしていた面々も、ものの見事に手のひらを返していた。
これには、お口あんぐりであった。あまりにビックリしたので、バイト仲間にかたっぱしから「なんで?」とたずねてみると、
「まあ、なんのかのいうて、行かなしゃあないでしょ」
「つきあいって、そういうもんやん」
「逆に、堂々と欠席できるキミがすごいわ」
などといわれた日には、もう、おどろくやらあきれるやら。
おまけに、たまたまその日に視察にきてた会社の偉い人がその出欠表見て、
「○○君(私の本名)は、もっと協調性を学ばなくてはいかんな。ほら、キミ以外は飲み会なんて企画して、こんなに仲がいいじゃないか」
とおっしゃったのには、リアクションの取りようもなかったです。
「はあ、そうでっか……」
としか言いようがない。これには腰が抜けそうになると同時に、
「和の精神って、すげー」
口ではなんのかのいっても、決してカドは立てない。みんな嫌がってるのわかってても、笑顔で出席にマル。
日本人の波風立たせない人間関係の処世術に、もう心底、感嘆したものであった。
いや、おそれいりました。信じた私が甘かったんですなあ。
これには本当に、おどろかされた。今思い出しても、笑うしかない。勉強になったとしかいいようがない。
この一例を持ってしても、「和の精神」が一筋縄ではいかない概念であることがご理解いただけると思うが、その旨をルッツに説明すると、
「うーん、長々と説明してくれたのはありがたいんですが、どうにもわからないところが」
彼は不思議そうな顔で、
「で、結局どうして皆さんは、飲み会に出かけたんですか?」
まあ、当然の疑問であろう。
それはまあ、みんななんのかの言って、集団の流れを大事にすると言うか。
基本的には反対はしていても、いったん決定したことには素直に従うというか、「空気を読む」なんても言いまして……。
「でも、本当は行きたくないんですよね? 仲悪いんですよね? ホンマチさんのやりかたにも反対なんですよね? なのにどうして、飲み会参加にマルしてるんですか?」
いや、だーかーらー、それこそが「和の精神」ってもんなんだって!
嗚呼、なんてこった、おそらく私の体験談はほとんどの日本人なら、
「あー、その【たとえどんなにストレスフルでも、流れには決して逆らわない】感じが、和の精神やねえ」
一言で納得してくれるだろうに、外国人に論理的に説明するのはなんと困難を極めることか。
「和の精神ってなんですか?」
そんなん、日本人であるオレだって訊きたいよ!