「もし錦織圭がグランドスラムで優勝するんやったら、どの大会がええと思う?」。
忘年会の席で、そんなことを言い出したのは友人エサカ君であった。
錦織圭は果たして、グランドスラム大会で優勝できるのか。
というのは日本の、いやさ今では世界中のテニスファンが気になっているところであろうが、そこを一足飛びに、
「できるとして、どれ?」
友は問うのだ。
まだ上にはジョコビッチやフェデラー、マレーといった猛者がいるのに、それもなかなかにあつかましい気もするが、難しいとはいえ今の錦織圭なら「射程距離」なのも事実だ。
そのことは、錦織選手を大プッシュし、
「優勝するなら、2016年USオープンだね」
そう大胆予言をした元世界ナンバーワンのジム・クーリエをはじめ、世界の識者も熱く語るところである。
とりあえず、できるかできないかは置いておくとして、してほしい大会がどこかといえば、そこにいたテニス仲間も、
「そりゃUSオープンでしょ。準優勝してるし、アメリカで修業したからホームみたいなもんやし」
「いやいや、最初にベスト8に入ったのは全豪。日本人選手とも相性はええし、リアルなんはこっちちゃう?」
「知名度やったらウィンブルドンやけどね。世間ではテニス=ウィンブルドンやろ。芝はちと難しいかもしらんけど、新規のテニスファンを増やすには、ここで勝ってほしいわなあ」
そこからも、
「グランドスラムやなくても、案外、ツアーファイナルがねらい目か。日本でもメジャーになったし」
「デ杯優勝でもええ! 取れたら、日本のメディアはどうあつかうんやろうな」
「一応取り上げるやろうけど、ピンとはけえへんかもね」
「現実問題は、その前にマスターズか。夏のUSシリーズで1個いかれへんかなあ」
なんて、妄想トークをワチャワチャ楽しくやっていたのだが、これまでのところ、どうもひとつの大会がハブられている気がする。
そう、グランドスラム大会は別名「4大大会」とも呼ばれている。にもかかわらず議論開始から、オーストラリアン・オープン、ウィンブルドン、USオープンのみっつ(と他の大会)しか熱く語られてないのだ。
そう、フレンチ・オープンの存在が抜けているのだ。
だが、それはしょうがないのである。実のところ、4大大会の中でフレンチはややマイナーな感のある大会である。
現にエサカ君をはじめとする友たちも、「フレンチはどう?」との問いかけに、
「いやあ、だれも知らんし」
「クレーやしなあ」
「ノバクの生涯グランドスラムも見たいし」
「フランスの観客、態度がでかいから嫌い」
どうにも消極的である。
さもあろう。ローラン・ギャロスはクレーコートという、今の日本人にとってはやや特殊なコートゆえ、いまひとつ取り上げられにくい大会であったのだ。
ただでさえマニアックな大会なのに、そこに「苦手だった」という要素がくわわれば、そら「今年はグリーンウェル加入で阪神優勝や!」という気分にもなるまい。
と、ここまでいえばもうここをお読みの読者諸兄は予想がつくであろう。
はい、その通りです。不肖この私が錦織君に優勝してほしい大会。
それこそが、このフレンチ・オープンなのですね。
私は昔からクレーの大会が好きで、そこでは毎年「クレーのスペシャリスト」なるマニアックな季節労働者たちが、「ここが稼ぎ時や!」とばかりにがんばっている。
特に私は、自分も回転命のトップスピンをぐりぐり打ちまくるタイプなので、赤土の上でそれを駆使する選手を見ると燃えるのだ。
トーマス・ムスター対セルジ・ブルゲラ戦とか、いつまででも見ていられる。古いのだとビヨン・ボルグ対ハロルド・ソロモンの1980年フレンチ準決勝とか、YouTubeで見つけてハマりまくりっスよ!
そんな赤土のスピン野郎なので、「錦織圭には、あえてマニアックにフレンチを制してほしい」と思うわけだ。
今年のクレーシーズンの活躍やフレンチもベスト8で相当払しょくされたが、かつては「錦織はクレーが苦手」とよくいわれていたし、そもそも日本男子選手はクレーで全然活躍できなくて、予選もスキップする選手がほとんどだったのだ。
そこを優勝できたら、テニスの幅が大きく広がって将来の糧にもなりそうだし、さらには日本テニス界にも大きな財産となる気もするのだ。
いや、実のところ1ファンのせまい嗜好などはどうでもよくて、私の本当の展望こそはまさにそこにあるのだ。
「錦織圭がローラン・ギャロスを制すれば、日本テニス界が大きく変わるかもしれない」
そんな大激震を起こせると信じているからこその、「あえて全仏」発言なのだ。
(続く→こちら)
忘年会の席で、そんなことを言い出したのは友人エサカ君であった。
錦織圭は果たして、グランドスラム大会で優勝できるのか。
というのは日本の、いやさ今では世界中のテニスファンが気になっているところであろうが、そこを一足飛びに、
「できるとして、どれ?」
友は問うのだ。
まだ上にはジョコビッチやフェデラー、マレーといった猛者がいるのに、それもなかなかにあつかましい気もするが、難しいとはいえ今の錦織圭なら「射程距離」なのも事実だ。
そのことは、錦織選手を大プッシュし、
「優勝するなら、2016年USオープンだね」
そう大胆予言をした元世界ナンバーワンのジム・クーリエをはじめ、世界の識者も熱く語るところである。
とりあえず、できるかできないかは置いておくとして、してほしい大会がどこかといえば、そこにいたテニス仲間も、
「そりゃUSオープンでしょ。準優勝してるし、アメリカで修業したからホームみたいなもんやし」
「いやいや、最初にベスト8に入ったのは全豪。日本人選手とも相性はええし、リアルなんはこっちちゃう?」
「知名度やったらウィンブルドンやけどね。世間ではテニス=ウィンブルドンやろ。芝はちと難しいかもしらんけど、新規のテニスファンを増やすには、ここで勝ってほしいわなあ」
そこからも、
「グランドスラムやなくても、案外、ツアーファイナルがねらい目か。日本でもメジャーになったし」
「デ杯優勝でもええ! 取れたら、日本のメディアはどうあつかうんやろうな」
「一応取り上げるやろうけど、ピンとはけえへんかもね」
「現実問題は、その前にマスターズか。夏のUSシリーズで1個いかれへんかなあ」
なんて、妄想トークをワチャワチャ楽しくやっていたのだが、これまでのところ、どうもひとつの大会がハブられている気がする。
そう、グランドスラム大会は別名「4大大会」とも呼ばれている。にもかかわらず議論開始から、オーストラリアン・オープン、ウィンブルドン、USオープンのみっつ(と他の大会)しか熱く語られてないのだ。
そう、フレンチ・オープンの存在が抜けているのだ。
だが、それはしょうがないのである。実のところ、4大大会の中でフレンチはややマイナーな感のある大会である。
現にエサカ君をはじめとする友たちも、「フレンチはどう?」との問いかけに、
「いやあ、だれも知らんし」
「クレーやしなあ」
「ノバクの生涯グランドスラムも見たいし」
「フランスの観客、態度がでかいから嫌い」
どうにも消極的である。
さもあろう。ローラン・ギャロスはクレーコートという、今の日本人にとってはやや特殊なコートゆえ、いまひとつ取り上げられにくい大会であったのだ。
ただでさえマニアックな大会なのに、そこに「苦手だった」という要素がくわわれば、そら「今年はグリーンウェル加入で阪神優勝や!」という気分にもなるまい。
と、ここまでいえばもうここをお読みの読者諸兄は予想がつくであろう。
はい、その通りです。不肖この私が錦織君に優勝してほしい大会。
それこそが、このフレンチ・オープンなのですね。
私は昔からクレーの大会が好きで、そこでは毎年「クレーのスペシャリスト」なるマニアックな季節労働者たちが、「ここが稼ぎ時や!」とばかりにがんばっている。
特に私は、自分も回転命のトップスピンをぐりぐり打ちまくるタイプなので、赤土の上でそれを駆使する選手を見ると燃えるのだ。
トーマス・ムスター対セルジ・ブルゲラ戦とか、いつまででも見ていられる。古いのだとビヨン・ボルグ対ハロルド・ソロモンの1980年フレンチ準決勝とか、YouTubeで見つけてハマりまくりっスよ!
そんな赤土のスピン野郎なので、「錦織圭には、あえてマニアックにフレンチを制してほしい」と思うわけだ。
今年のクレーシーズンの活躍やフレンチもベスト8で相当払しょくされたが、かつては「錦織はクレーが苦手」とよくいわれていたし、そもそも日本男子選手はクレーで全然活躍できなくて、予選もスキップする選手がほとんどだったのだ。
そこを優勝できたら、テニスの幅が大きく広がって将来の糧にもなりそうだし、さらには日本テニス界にも大きな財産となる気もするのだ。
いや、実のところ1ファンのせまい嗜好などはどうでもよくて、私の本当の展望こそはまさにそこにあるのだ。
「錦織圭がローラン・ギャロスを制すれば、日本テニス界が大きく変わるかもしれない」
そんな大激震を起こせると信じているからこその、「あえて全仏」発言なのだ。
(続く→こちら)