2016全仏オープン 錦織圭vsリシャール・ガスケ戦なんて、とてもまともに見られるわけないだろ! その3

2016年06月02日 | テニス
 前回(→こちら)の続き。

 「昔はよかったなあ」

 錦織圭の活躍に、なぜかそんな時代に逆行したため息をつく私。

 なんたって、優勝なんて考えなくてよかったのだから。とりあえずの目標はベスト8。

 ランキングも最終戦に向けて8位以内とか計算しなくてもいい。ただ目の前の1番に集中すればいい。

 勝てばうれしいし、負けても次がんばればいい。ランキングも上がるときもあれば落ちるときもあるさ。とにかくケガだけ気をつけてくれればと。

 つまり、US決勝の前までの彼は負けても失うものはなく、勝てば勝つだけ「得するしかない」状態だったのだ。

 だから見ているほうも楽だった。負けても「次」があるから、切り替えが簡単。

 どっこい、今の錦織圭はどうだろう。世界のトップ10プレーヤー。グランドスラムでは堂々の優勝候補。

 これだと、とても冷静な目では試合を見られない。

 デ杯やマスターズはまだ日本でそれほど騒がれていないからいいけど、グランドスラムとなればそうもいかない。

 どうしても「優勝」が期待される。しかも、それは「ありえる」話なのだ。

 となると負けることが、どうしても悔しくなる。「失う」ものができたのだから。

 トップ10だから、大会開幕に胸躍らせるはずの1回戦なんかは「勝って当然負ければマヌケ」の損しかない戦い。

 その後も、負けは即「シードダウン」の汚名が付きまとう。ランキング的にはベスト8が「義務」だが、そこまでの道のりが簡単ではないのは、ローラン・ギャロスでのベルダスコやガスケのテニスを見てもわかる通りだ。

 あれが「義務」かよ。大変すぎるやろ!

 リシャールなんて、格下あつかいだけど、それでも世界12位。しかも、二つ名が「天才ガスケ」なんだぜ!

 嗚呼、なまじ優勝が期待されるもんだから、どうしても見るほうも必死だ。負けたら、また1年待たされる。

 しかも、仮にリシャールに勝っていたとしても、次はマレー、準決勝で前回優勝のワウリンカ、決勝ではジョコビッチ。えげつない面々が待ちかまえている。

 こう見ると、グランドスラムで勝つってホントにすごいよなあ。しかも5セットマッチ。ベスト8でも、道半ばですらない地獄坂。

 でも、「もしや」があるのが今の錦織圭だ。これまでの、「ベスト16万歳!」くらいの立場だったら、寝転がって見られたのに、ここ数年はリードされたら思わずチャンネルを替えるくらいのもの。

 ガスケ戦も、さすがに次の日があるからもう寝たけど、その前にしたって中断後に攻められまくったときは、とても観戦できなくてネットの動画サイトで『怪奇大作戦』見てた。

 だからガスケ戦についてはほとんど語れません。観てないし、録画はしたけど、とても見る気にもなれないし。

 いかがであろう。以上の理由で「昔はよかった」というのだ。

 失望は期待の二乗に正確に比例する。二階に上げられてハシゴをはずされるのはつらいものだ。特に全仏はひそかに一番勝ってもらいたい大会だから、もう「探さないでください」と書置きして旅に出たい。

 まあ、こういうのを「うれしい悲鳴」というのであって、昔と比べれば贅沢極まりない悩みだが、そういうことなのである。

 次のウィンブルドンは、たぶん優勝はないだろうから、もうちょっとおだやかに見られそうだ。

 目標は未到達のベスト8! 嗚呼、優勝しそうにない大会って、なんて心が楽なんだ。

 こんなアンビバレントでややこしいことになっているファン心理、もう「阿呆やねえ」と笑ってやってください、ホントに。
 



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