「きっと、これは原作を読んではらへんのやろな」
そんなことを考えたのは、『バーナード嬢曰く』7巻の感想を書いていたときのことだった。
この中で夏目漱石『坊ちゃん』が取り上げられているんだけど、この物語については昔から疑問に思っていることがある。
それは、
「松山の人、なんでこの小説に怒らへんの?」
私は『坊ちゃん』は未読で、なぜか水島新司先生のコミカライズ版を読んだだけだが、この物語には強烈な
「松山ディス」
こいつが盛りこまれていることは知っている。
そこで今回「青空文庫」でさっと読んでみると、やはり「あー、こらアカンは」という内容で、実際いろんな文芸評論や漱石本でも、
「漱石は実際に松山で教師やってたけど、よほどイヤな目にあったんだろう」
「よくここまで悪しざまに書けるな」
「松山の人、よく怒らないね」
なんて作家や評論家も首をひねっているのだ。
その一方で、愛媛県には「松山坊ちゃん空港」やら「松山坊ちゃん列車」といった、「坊ちゃん推し」施設があったりもする(「松山坊ちゃん空港」もあった気がしたが、正式名称ではないらしい)。
ふつうは、いくら文豪とは言え自分の地元をボロクソに描いた作家の作品など、使いたくもないと思うものだが、なぜか坊ちゃん大人気。
まあ、これにはいくつか可能性があって、一番大きいのは、
「松山の偉い人で『坊ちゃん』を読んだ人がいなかった」
そこで
「ん? なんか漱石ってウチで働いてたことあるんやて? じゃあ、名前使うたら宣伝になるやないか」
なんて安易に考えてしまったか。
これはありえそうで、実際、大阪は東大阪市の本屋で東野圭吾の『白夜行』が
「東大阪市の布施を舞台にした小説です」
とか「地元応援!」みたいな感じでポップを出されてたそうな。
でもあれ、読んでみたらわかるけど、布施ってゴッサムシティみたいな書かれ方してて、絶対に「地元応援」ではないよなあと苦笑した次第。
まあ、東野さんは布施とかその隣の今里出身らしいから、地元への愛憎がからんで漱石の「100%悪口」とはニュアンスが違うんだろうけど。
実際、同じ場所を舞台にした『浪花少年探偵団』シリーズは楽しいジュブナイルになってるわけだし。
それはそれとしても、たぶんその本屋さんは『白夜行』読んでないんだろうなあとは感じられるところだ。
なんにしろ、どっちの作品も読んでたら地元民は、絶対にイヤな気持ちになること確実。
とにかく『坊ちゃん』は全編ずーっと
「いけ好かない連中だ」
「田舎者はけちだから」
「こんな田舎に居るのは堕落しに来ているようなものだ」
なんかもう、
「東京の人って、こんなに意地悪なの?」
あきれたくなるくらい悪口が次々と飛び出す。
あまつさえ、漱石作品の良心的象徴であり「善人」であるはずの清ですら、
「田舎者は人がわるいそうだから、気をつけてひどい目に遭わないようにしろ」
「人がわるい」のはおまえだろ!
マジでブチギレ案件と言うか、今だったらこの人たちSNSでしょっちゅう炎上してそうだなあ。
もうこうなったら、いっそ逆に、
「おのれ! イギリスで背が低いことに悩んで胃に穴が空き、帰国したら森鴎外に《非国民》とかののしられた、メンタルよわよわ野郎め、ゆるさんぞ!」
とか言いながら、藤岡弘さんが夏目漱石をライダーキックでボッコボコにする地方映画とか作ってみたらどうだろう。
怪人のコスプレ姿で「勘弁してください!」と、泣きながら土下座して赦しを請う文豪に、