佐藤天彦の、ねばり腰にはシビれた。
先日行われた、第79期A級順位戦の最終局は、メインイベントである降級争いこそなかったが、挑戦者を決める一番は、その欲求不満をおぎなって余りある熱戦だった。
その功労者こそが、消化試合の立場だった佐藤天彦九段。
評価値換算では、勝率ヒトケタ%の土俵際で延々と戦い続け、一時期は逆転の空気が、濃厚なところまで盛り返したのだから、すごいもの。
名人位を失ったところから、これといった目立った戦績のない佐藤天彦だが、この将棋を見て、まったく心配する必要はないと確信した。
これだけの見せ場を作る棋士なんだから、ここからどんどん巻き返してくるだろう。NHK杯もおしかった。
前回は永瀬拓矢王座のA級昇級を祝って、新人王戦優勝の将棋を紹介したが(→こちら)今回は佐藤天彦の将棋を取り上げてみたい。
2017年、第56期名人戦は、佐藤天彦名人に稲葉陽八段が挑戦。
第6局は、3勝2敗で名人防衛に王手をかけた佐藤が、稲葉得意の相掛かりを受ける展開に。
序中盤のかけ引きが、かなりのハイレベルで、観戦するにはむずかしい将棋だったが、ようやっと駒がぶつかって、この場面。
稲葉が▲75歩と突いたのが機敏な手。
佐藤名人は△75同銀と取れると思っていたそうだが、それには▲65桂打とくり出すのが、うるさい攻め。
▲75歩のような攻めに、形は△84飛と浮くものだが、ここでは▲76桂と打つ筋がある。
困ったようだが、ここで名人がうまい桂使いを見せる。
△62桂と打つのが、おもしろい手。
受け一方のようだが、後手も△74桂と跳ねだせば、▲66の銀と▲58玉、▲78の金が絶妙の位置で目標になっている。
稲葉は▲65桂打とこじ開けに行くが、△同桂、▲同桂、△42角、▲76桂に△83飛と浮いてつぶれない。
以下、▲64桂、△同歩、▲74歩に△65歩と桂を取り払い、▲同銀に△53桂とふたたび自陣桂。
▲76銀に△74桂と活用して、いかにも後手好調。
△66桂打の王手金取りを避け、▲79金と引いたところで、△55歩と突くのが感触の良い手。
▲75銀打と、厚みでしのごうとするところに、△62桂とみたびの自陣桂。
その後、佐藤名人は△64桂と、4枚目の桂馬も自陣に打って、先手玉を攻略。
飛車と金の宇宙戦艦と、その周囲でグルグル回る桂のファンネルが先手の駒を攪乱し、5枚の金銀をうまくまとめることができない。
「三桂あって詰まぬことなし」
という格言は、
「使えない」
「役に立たない」
「詰んだとこ、見たことない」
結構ディスられているが、
「桂は控えて打て」
という別の格言は、メチャクチャ使えるということがよくわかる。
天馬の華麗な乱舞を見せた佐藤天彦が、見事に名人初防衛を達成するのであった。
(稲葉陽の銀河戦優勝編に続く→こちら)