今日は「詰将棋小説」を紹介したい。
などなど、詰将棋の奥の深さについて語っているが、おもしろいことに、世の中にはこれを題材にした、短編小説というものも存在する。
それが、団鬼六さんの書いた『駒くじ』。
時は明治元年に起こった土佐藩の悲劇、堺事件を題材にした作品となっている。
幕末の動乱の中、鳥羽伏見戦争直後、堺に上陸したフランス水兵11人を、土佐藩歩兵隊が射殺するという事件があった。
いちびりのフランス兵と、イジられてカッとなった日本側のケンカがエスカレートしたようなものだったが、ことが11人死亡となると国際問題である。
あんな猿どもが生意気な! 激おこのフランス軍は、慰謝料と首謀者の厳罰を要求することとなった。
日本側は、新政府をひいきしてくれるフランスを敵に回してはいかんと、即刻切腹を命じ、しかもその様を見物させろという、フランス側の要求も飲むことになる。
そこで死を言い渡されたのが、主人公である常七であった。
一介の職人で、妻と子供にも恵まれ幸せな日々を送っていた彼だったが、幼なじみの栄平に誘われて、一旗揚げようと民兵募集の誘いに乗ってしまう。
そこで不運にも、この事件に巻きこまれてしまったのだ。
もちろん、下っぱの常七には身におぼえのないことだが、そこは歴史のうねりに、ほんろうされた弱者の悲しさ。
いわば、フランス側の求める死刑者数の「数合わせ」のために、切腹を命じられることになる。
んなアホなとなげいても、命令はもはや、くつがえることはない。
先輩たちが日本男児の意地を見せて、
「死ね、この西洋ブタどもが!」
怒号をあげ腹をかっさばき、それを見たフランス人も最初は
「オー! ハラキリ!」
よろこんでいたのが、あまりの凄惨さと日本側の怒りに、だんだん青くなっていき、ついには次々と気を失っていくのを見るにつけ、今さら、
「あ、自分、武士じゃないんで、切腹とか無理ッス」
とはいえるはずもない。
嗚呼、げに悲しきは、雰囲気に流されやすい日本人である。
急転直下の人生終了に、常七は平静ではいられない。
妻も出来たばかりの子供もおいて、なぜ自分は理不尽に、この世をさらねばならないのか。
あまりのことに、心静かにお経を唱える気にもならない。そんな彼の元に差し入れられたのが、一題の詰将棋であった。
先輩の侍が、常七の将棋好きを知って渡してきたのだ。
「死ぬまでに解けるかやってみよ」
んなこといわれても、という話だが、これがいざやってみると、簡素な図式だが意外と難問である。
盤上には桂が四枚に(四桂《しけい》だ!)あとは飛車と、持駒は歩のみ。
手も限られていてすぐに詰みそうだが、▲41飛成に中合の手筋があって、のがれている。
おなじみの、打ち歩詰めになるのだ。
▲41飛成、△31歩、▲同竜、△21歩……ああ、いかんぜよ……。
そうこうしている内に、処刑の時間はせまってくる。
ふだんは学校のテスト程度でも、答えがでてないときに「あと10分」なんていわれると心臓が止まりそうになるが、こちらは待っているのが本物の死なのだ。
あせる常七。最初はどうでもいいと思っていた詰将棋だが、こうも詰まないと、死んでも死に切れないという気持ちになってくる。
詰むはずだ、詰むはず。
もしこれを解けないまま、首を切られたら……。もうすぐ解けそうなのだ、天よ、いましばらく自分に時間を与えてくれ……。
果たして常七は、いまわの際に、最後の詰将棋を解くことが出来たのか。
処刑の時刻が刻々と迫る中、必死に謎を解こうとする常七の姿は、まるで良質のサスペンス映画のよう、真に迫って胸を打つ。
詰将棋を知らなくても、一級の心理小説としても読める。
ポルノ作家で、将棋きちがいでもあった団鬼六先生の、野太い筆力が堪能できる一品。幻冬舎アウトロー文庫『果たし合い』に収録。
と、ここまで書くと、
「その問題、自分も解いてみたいッス」
という腕自慢の読者がいることだろうということで、ここに紹介するとこちら。
パッと見、簡単に詰みそうだが、これがなかなかの難敵。
シンプルな作りなので、ひらめくか、ひらめかないかの勝負です。
なれた人なら一目かもしれないが、ルールをおぼえたてくらいの人は、けっこうてこずるかも。解答は最後に。
ただ、これを今見てさっと答えて、
「できた、簡単じゃん」
などとイバるというのは、ちょっとばかしフェアではない。
それはそうである。あなたは今、家でコーヒーでも飲みながら、パソコンかスマホで、ここを見ているはずだ。
そんなリラックスした状態では、頭もなめらかに働こうというもの。
一方の常七はあと1日、数時間、いや今まさに粗むしろの上に引っ立てられ、介錯の刀が背中で振りあげられている状態で、この問題に挑んだのだ。
それと、家でコーヒーとを同じにしてはいけない。
なので、真にこの問題と向き合うなら、まずは堺の街でフランス兵を撃ち殺す。
そして、わけのわからないまま死刑判決を受けて、「えー、そんなー」と気持ちの整理もつかないまま牢に放りこまれる。
今にも吊されようとする、コーネル・ウールリッチ的タイムリミットサスペンスな状況を作ってから、おもむろに問題に取り組む。
そこで見事、解けたら「正解」というのが本筋であろう。
ぜひ、チャレンジしていただきたい。
★詰将棋の解答
▲12歩 △21玉 ▲41飛不成 △31歩 ▲11歩成 △同玉 ▲31飛不成 △21銀(角) ▲12歩 △22玉 ▲32桂成 △同銀(角) ▲11飛成
までの13手詰め
3手目の▲41飛不成が、意表の好手で、指将棋ではまず見ない「打ち歩詰回避」という詰将棋の基本手筋。
△31歩の合駒に、▲11に成捨てての送りの手筋で、またも▲31に飛車を不成!
ここで、▲31同飛成(▲41飛成から▲31竜)は、△21合に▲12歩が打ち歩詰。
最後は▲32に桂馬を成り捨てての、今度こそ▲11に飛車を成ってきれいな収束。
▲12歩と▲11の竜の連携が、いかにも詰将棋らしくて、こういうのを「なるほど」と感じはじめると、だんだん、おもしろくなってきます。
(おまけ 藤井聡太三冠が9歳(!)のときに作った詰将棋は→こちら)
(おまけ2 藤井聡太三冠がお気に入りの自作は→こちら)