前回の郷田真隆編(→こちら)に続いて、今回も将棋の妙手の話。
将棋の勝ち方には、その人の特徴が出るといわれる。
終盤、勝勢になった局面で、どう決めるかだが、これは谷川浩司九段のように、
「詰みがある場面では、長手順でも詰ますのがプロ」
という人もいれば、
「長い詰みより短い必至」
の格言通り、リスクの少ない順を選ぶ人もいて、プロアマ問わず基本的にはこれが現実派で、おそらくは「正解」だろうが、中には大山康晴十五世名人のような、
「いかに相手に敗北のダメージを残すか」
を重視した勝ち方をする人もいて、その思想は様々である。
だがときに、
「え? そんな収束の仕方、アンタしかしませんで!」
おどろかされる人がいて、その代表格といえば私にとっては丸山忠久九段。
丸山といえば、名人2期に棋王1期、全日本プロトーナメント(今の朝日杯)やNHK杯の優勝(全日プロで見せた「激辛流」は→こちら)、公式戦24連勝。
などなど、様々なビッグタイトルや栄誉を得ているが、強さとともに語られるのが、そのキャラクターだった。
私生活をほとんど語らないスタイルのようだが、かといって偏屈というわけではなく、いつも笑顔で「ニコニコ流」などと呼ばれている。
そのさりげない、やさしさや気づかいで、女流棋士をはじめ女性人気も上々。
そんな、とらえどころのない人柄だが、それ以上に個性的だったのが将棋。
特に若いときは、序盤から入玉を視野に入れた独特の指し方をしたり、終盤は
「激辛流」
「友だちをなくす手」
といわれるような、冷たいとどめの刺しかたに定評があった。
有名なのがこの将棋。
1991年に行われた、大島映二六段との王位戦。
相矢倉での中盤戦。
△94と▲98の桂の差で、後手がやや指しやすそうにに見えるが、ここでの丸山の指し手が、いかにもというものだった。
△15歩と裏口から手をつけるが、若手時代のマルちゃん流。
先手の方から、▲15歩と端攻めするなら普通だが、その逆を行くのが丸山将棋だ。
以下、当然の▲同歩に△同銀と、掟破りの「逆棒銀」。
▲同香に△同香と端を破って(いや、おかしい、おかしい!)、そのねらい(?)はここから60手以上戦ったところで、はっきりする。
終盤のこの局面。
一目おかしな駒があるのが、おわかりだろうか。
そう、△23にある成香だ。
普通、この位置には銀か、せいぜいが▲23歩とたたかれて△同金で金がいるものだが、そこに謎の成香。
なぜ、そこに成駒が。
そう、なにをかくそう、この成香こそが△15歩と突いて走った香なのだ。
以下、△17香成と成って、△16、△15、△14、△13と一段ずつ後ろ歩きし、ついには堂々、王様の守備隊長に任命されたわけだ。
こうなってみると、盤面の右側は先手の駒がほとんどなく、完全に制圧されている。
後手玉を、どう攻略していいかわからないし、上部に逃げ出されても止める形がない。
実戦も、△23の成香が、絶大な守備力を発揮して圧勝。
敗れた大島六段も、さぞやグッタリさせられたことだろう。
そんなマルちゃん流の集大成といえるのが、やはり名人位を獲得した、あの強烈なインパクトを残す一局ではないだろうか。
(続く→こちら)