外国の名前は難しい。
前回(→こちら)、外国人には日本人の名前は発音しにくく、さんざん舌をもつれさせた異人さんに、
「発音できないから、お前のことは『ロッキー』と呼ぶ」
などと、実にアバウトな命名をされてしまう話をした。
そういった「異人さん仕様のホーリーネーム」をつけられるというのは、日本人には時折ある悲劇だが、中にはさらなる変わり種の名前をいただく人もいるものである。
エジプトはカイロの安宿でナンザン君という青年と出会った。
彼は大学院でイスラム史を勉強しているらしく、エジプトの歴史にもくわしかった。
土地のエキスパート。旅先で仲良くなるには、もってこいの人材である。
そんな彼は、笑いながらこんな言ったのである。
「ボクね、実はムスリムになったんですよ」
イスラム教徒になる。
宗教にうとい日本人からすると、そんな簡単になれるものなのかと疑問であるが、なんでもエジプトのあるモスク(イスラムの寺院)に入りたくて、近くにいたイスラム教徒に
「これ、日本人でも入っていいのか」
と訊くと、
「いや、ムスリムじゃないとダメだ」
無理かとガッカリしていると、そのイスラムの人は、
「じゃあ、イスラム教徒になって入ればいいじゃないか」
イスラム教徒になれ。いきなりの勧誘である。
異教徒がダメなら、改宗すればいい。
なにやら、パンがなければケーキを食べればいいのよ、と言い放ったアントワネットみたいである。
そんな簡単になれるのかといえば、くわしいことはわからないが、「アラーは偉大なり」みたいなことを何度か唱えると、一応なれるそうである。ホンマかいな。
そこで、「アラーさん、マジすげえッス」と言う通りにしてみると、
「よし、これでお前も立派なムスリムだ。よかったな」
あっさり審査に通ったくさい。そこで、
「せっかくだから、お前にイスラム・ネームをやろう。今日からムスタファだ」
なんかメチャクチャにアバウトなノリだが、イスラムの国で
「オレはムスタファだ」
というと「おお、そうなのか」と、ずいぶんとウケるらしく、「いいものもらいました」とビールを飲みながらニコニコしていた。
酒飲んどるがな。ずいぶんとゆるいムスリムである。
笑って話を聞いていた私だが、かくいう自分も実はイスラム・ネームをもらったことがある。
モロッコを旅行中、知り合った学生に気に入られ、
「ムスリムにならないか」
熱心にオルグされそうになったのだ。
なにが気に入られたのかわからないが、どうやら一緒にアメリカのブッシュ大統領について悪口を言い合ったことが、彼の心のヒットしたらしい。
出会って開口一番、
「お前はブッシュとビンラディンのどっちを支持する?」
などと質問され、どういうこっちゃと首をひねっていると、
「日本はアメリカに原子爆弾を2発も落とされたのに、どうして同盟なんか結んでいるんだ」
まったくもって、知り合って5秒でたずねることじゃないけど、政治経済にうといが調子乗りではある私が、
「まあ、ブッシュは一回しばいたらなあかん。町山智浩にケーキパイ持たして、ホワイトハウスに突入させたったらええねん」
なんてテキトーに話を合わせていたら、
「その通りだ」
「心の友よ!」
大感激されてしまったのだ。
まるで涙を流さんばかりの勢いで、
「ノーアメリカ! ノーブッシュ! ビバ、ビンラディン」
なんて握手してくるモロッコ愛国者に、今さら
「いや、実はボク、ノンポリやねん」
とはとても言えないが、
「おまえもムスリムになって、一緒にアメリカと戦おう!」
などと勧誘されて、ますますまいっちんぐである。
私みたいなスカタンを味方にして、どう使おうというのか。やっぱり、人間魚雷なんだろうなあ。
争いは好まず、酒もカツ丼も婚前交渉も大好きな私にはストイックな宗教は向かないと固辞したが、名残惜しいのか、
「せめて名前だけでももらってくれ」
と粘られ、まあそれくらいならと「アリー」という名前をいただいたのである。
それ以来、履歴書なんかに名前を書くとき、やはり「佐藤=アリー=太郎」みたいに書くべきなのか、いつも悩んでしまうのだ。