前回(→こちら)の続き。
ミステリー専門チャンネル「AXNミステリー」がやってた
「あなたの好きな名探偵投票キャンペーン」
この影響で、「俺ベスト」を作ることとなったミスヲタの私。
『情婦』のウィルフリッド卿とミス・プリムソルに『シベリア超特急』の山下奉文陸軍大将ときて、続きましては「巫弓彦」。
「かんなぎ ゆみひこ」と読みます。
直木賞作家である北村薫先生の『冬のオペラ』に出てくる「名探偵」。
北村先生といえば、「私」シリーズの円紫さんや、「覆面作家」新妻千秋といった人気キャラはいるものの、千秋さんはちょっと作りすぎてるとか、円紫師匠は落語家のわりにはモラリスティックすぎるとか。
そもそも「私」ってちょっとなあ……。つきあっても若干、息苦しそうだし。
あのシリーズに出てくる女性キャラ、みんなヤな女だからなあ。
とかもあって、物語は抜群に面白いけど、「キャラ萌え」といった感じにはならないのだ。
そこへくると、この巫弓彦は実に業が深いキャラ。
そもそも存在自体が東野圭吾さんの「天下一大五郎」と同じく「名探偵のパロディ」。
ゆえに笑いと、北村薫風にいえば「おかし」の感情がないまぜになるのは必然なのだが、そこになんともいえない渋味というか哀愁がある。
シリーズ1冊しかない、北村作品の中でもマイナーキャラである巫探偵が、ここに語られるのは、やはりこのセリフがあるから。
自らを「名探偵」と称する彼には、当然のごとく
「は? 自分で《名探偵》とか、バカなんじゃね?」
というツッコミが入るわけだが、これに対する返答が、この巫弓彦の真骨頂だ。
「《名探偵》というのは、行為や結果ではないのですか?」
巫弓彦は、背筋を伸ばしたまま答えた。
「いや、存在であり意志です」
巫弓彦は、背筋を伸ばしたまま答えた。
「いや、存在であり意志です」
すごい言葉だ。
学生のころここを読んで、私は大げさでなく震えた。
すごい、こんなもん、並みの作家では書けないよ。北村先生、すごすぎる。
なにがすごいって、ミステリを読まない人にはどうにも説明不能だが、とにかくすごいのだ。
なんだろうなあ。「名探偵」という存在に対する畏怖やあこがれや諦観といった、ミステリファンならだれもが持っている「信仰」のようなもの。
こいつを激しくゆさぶる、まさにパワーワードなのだ。
『冬のオペラ』自体、北村薫作品の中では相当に地味で、はじめて読むなら、デビュー作にして大傑作の『空飛ぶ馬』
あるいは直木賞を取った『街の灯』など「ベッキーさん」シリーズの方が良いと思うけど、やはり一撃のインパクトでは巫弓彦が一番であろう。
子供のころ、「将来の夢」という質問に「名探偵」とガチで答えたことのある者は、きっとここを平静な気持ちでは読めないはず。
……とここまで読んで、読者諸兄の中には、サンドウィッチマン富澤さんのごとく
「ちょっと、なにいってるかわからない」
となった人もいるかもしれないが、まあそれは正しい反応である。
たぶんこれは、
「プロレスファンが語る、《レスラーって本当はすごいんだ》論」
みたいなもので、この世界にどっぷりとつかったことがある者以外、なんとも伝わりにくい話なのだ。
だが、私のような因果なミステリ読みにはガツンと来た。
ミスヲタなら、北村薫作品では、『冬のオペラ』と『ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件』は必読。
そこに籠められた、「泣き笑いの愛」が素直に伝われば、あなたは立派なミステリ読みです。
巫弓彦、「俺ベスト」に堂々ランクイン。
(続く→こちら)