私の好きな名探偵 北村薫『冬のオペラ』の「名探偵」巫弓彦

2018年12月04日 | 
 前回(→こちら)の続き。

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 この影響で、「ベスト」を作ることとなったミスヲタの私。

 『情婦』のウィルフリッド卿ミスプリムソルに『シベリア超特急』の山下奉文陸軍大将ときて、続きましては「巫弓彦」。

 「かんなぎ ゆみひこ」と読みます。

 直木賞作家である北村薫先生の『冬のオペラ』に出てくる「名探偵」。

 北村先生といえば、「」シリーズの円紫さんや、「覆面作家新妻千秋といった人気キャラはいるものの、千秋さんはちょっと作りすぎてるとか、円紫師匠は落語家のわりにはモラリスティックすぎるとか。

 そもそも「」ってちょっとなあ……。つきあっても若干、息苦しそうだし。

 あのシリーズに出てくる女性キャラ、みんなヤな女だからなあ。

 とかもあって、物語は抜群に面白いけど、「キャラ萌え」といった感じにはならないのだ。
 
 そこへくると、この巫弓彦は実にが深いキャラ。

 そもそも存在自体が東野圭吾さんの「天下一大五郎」と同じく「名探偵のパロディ」。

 ゆえに笑いと、北村薫風にいえば「おかし」の感情がないまぜになるのは必然なのだが、そこになんともいえない渋味というか哀愁がある。

 シリーズ1冊しかない、北村作品の中でもマイナーキャラである巫探偵が、ここに語られるのは、やはりこのセリフがあるから。

 自らを「名探偵」と称する彼には、当然のごとく


 「は? 自分で《名探偵》とか、バカなんじゃね?」


 というツッコミが入るわけだが、これに対する返答が、この巫弓彦の真骨頂だ。



 「《名探偵》というのは、行為や結果ではないのですか?」

  巫弓彦は、背筋を伸ばしたまま答えた。

  「いや、存在であり意志です」
 


 
 すごい言葉だ。

 学生のころここを読んで、私は大げさでなく震えた

 すごい、こんなもん、並みの作家では書けないよ。北村先生、すごすぎる

 なにがすごいって、ミステリを読まない人にはどうにも説明不能だが、とにかくすごいのだ。

 なんだろうなあ。「名探偵」という存在に対する畏怖あこがれ諦観といった、ミステリファンならだれもが持っている「信仰」のようなもの。

 こいつを激しくゆさぶる、まさにパワーワードなのだ。

 『冬のオペラ』自体、北村薫作品の中では相当に地味で、はじめて読むなら、デビュー作にして大傑作の『空飛ぶ馬

 あるいは直木賞を取った『街の灯』など「ベッキーさん」シリーズの方が良いと思うけど、やはり一撃のインパクトでは巫弓彦が一番であろう。

 子供のころ、「将来の夢」という質問に「名探偵」とガチで答えたことのある者は、きっとここを平静な気持ちでは読めないはず。

 ……とここまで読んで、読者諸兄の中には、サンドウィッチマン富澤さんのごとく


 「ちょっと、なにいってるかわからない」


 となった人もいるかもしれないが、まあそれは正しい反応である。

 たぶんこれは、


 プロレスファンが語る、《レスラーって本当はすごいんだ》論」 


 みたいなもので、この世界にどっぷりとつかったことがある者以外、なんとも伝わりにくい話なのだ。

 だが、私のような因果なミステリ読みにはガツンと来た。

 ミスヲタなら、北村薫作品では、『冬のオペラ』と『ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件』は必読。

 そこに籠められた、「泣き笑いの愛」が素直に伝われば、あなたは立派なミステリ読みです。

 巫弓彦、「俺ベスト」に堂々ランクイン。



 (続く→こちら
 

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