「史上最高」の戦い 羽生善治vs森内俊之 1996年 第54期名人戦

2020年04月30日 | 将棋・名局
 「名人戦」と聞いて出てくるワードは時代によって様々である。
 
 前回は羽生善治と久保利明の王座戦を紹介したが(→こちら)、今回取り上げるのは名人戦で、この話題となると、
 
 「そら、中原誠米長邦雄の《米中戦争》しかないやろ」
 
 「いやいや、《21歳名人》谷川浩司フィーバーを忘れてもろたら困る」
 
 「おいおい、大山康晴升田幸三の死闘を知らんとはド素人ばっかりやないか」
 
 などなど「名人の権威」という言葉が生きてた時代を知る、オールドファンの声が上がりそうだが、昭和に続く平成の名人戦といえばやはり、
 
 「羽生善治vs森内俊之
 
 このカードにとどめを刺すだろう。
 
 この2人は30代から40代はじめころにかけて、毎年のように名人戦を戦っていたが、初めて相まみえたのが1996年の第54期名人戦。
 
 これは森内にとって、最初のタイトル挑戦でもある。
 
 両者とも25歳という、フレッシュな組み合わせとなったこの七番勝負。
 
 結果こそ4勝1敗で羽生が防衛と、スコア的には差がついたが、内容面ではどれも非常に拮抗した戦いであり、そのレベルの高さから、
 
 
 「指し手の質では史上最高クラスでは」
 
 
 といった声も聞かれたほどだった。
 
 羽生の強さは今さらだが、敗れた森内評価もまた、大いに上がったのである。
 
 今回はその中から、開幕局を取り上げたい。
 
 羽生が先手で相矢倉になり、当時の将棋らしい、がっぷり四つの組み合い。
 
 むかえたこの局面。
 
 羽生が▲46角とのぞいたのに対し、森内が△62飛と、6筋に照準を合わせたところ。
 
 
 
 
 
 おたがい飛車先に戦力が集中しており、一気の攻め合いになりそうなところだが、ここで羽生が得意の「例のアレ」をくり出してくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲94金と打って、攻め駒をここで責める。
 
 よく、▲83▲23の地点にを打って、相手の大駒を責める形を「羽生ゾーン」と呼ぶが、これもその一種。
 
 羽生はこういうB面攻撃を、ひそかに得意としているが、後手も△66歩から殺到するのが目に見えているから、怖いところ。
 
 下手するとをうまくさばかれて、この金が「スカタン」になる可能性もあるけど、攻め合うよりも、こうやってじっとプレッシャーをかける方がいいという判断か。
 
 行くしかない後手は△66歩と取りこんで、以下▲68金引△67歩成▲63歩△同飛▲64歩△68と、と激しい順に突入した。
 
 そこから、大きな駒の振り変わりがあって、この場面。
 
 
 
 
 
 
 後手の△58飛がきびしい手で、次に△87銀と打てればおしまい。
 
 かといって、▲86銀△68歩成で、受けがない。
 
 後手玉はあぶないけど、まだ詰みはないということで、森内優勢かに見えたが、ここで羽生の指したのがおどろきの手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲98角と受けたのが、すごい手。
 
 たしかに大駒を玉の近くで受けに使うには、
 
 「飛車
 
 のイメージでとは言われるが、それでもこんな受け一方の角を打たされては、いかにも苦しげだ。
 
 デビュー当時の羽生は、敗勢になっても投げず、ねばりまくる根性で有名で、テレビを観ながら、
 
 
 「《羽生のクソねばり》を久しぶりに見たなあ」
 
 
 なんて感じ入ったものだが、ところがどっこい、これがそういうわけではないというのだから、将棋というのはむずかしいものである。
 
 「打たされた」感ありありのこの角だが、これで先手が、容易には負けないのだ。
 
 以下の手順を見ると、後手は当然の△57と、に▲69金と補強して、△48飛成▲66馬と引く。
 
 後手は△65銀と、かぶせてくる。
 
 
 
 
 
 今にも押しつぶされそうな先手陣だが、ここで▲57馬(!)と取るのが好手。
 
 攻防に利くカナメのと、と金の交換など、レートでいえば大損ぶっこき丸だが、駒を損しても急所のと金を払うのがいい判断。
 
 さらにはタテヨコに利いていたを、働きの弱い△57の地点に引きずりこむのも大きいのだ。
 
 △57同竜に、▲73金と取った形を見てほしい。
 
 
 
 
 
 あれだけ危険だった先手玉が、いつの間にか鉄壁になり、一方後手陣はスカスカなうえも中途半端で、有効な手がない。
 
 やむをえず△68金と打つも、一番固いところを攻める形で、不本意この上ない。
 
 ▲34桂とここで反撃し、△41歩に、▲43歩と攻めつけて先手が圧倒。
 
 羽生がまず初戦を飾ったのである。
 
 こうして見ると、▲98角と打ったところでは、すでに先手優勢だったことになり、ちょっと信じられないが、手順を見るとそういうことになる。
 
 うーん、あんな形から勝つ羽生はやはりすごいと感心してしまうが、この将棋にはまだ続きがあった。
 
 局後の検討によると、やはり、あの局面は後手が指せるらしいのだ。
 
 良くなかったのは△58飛で、自然に見えたが、ここはもっといい手があった。
 
 ちょっと盲点になる筋だが、あえて「アレ」をかけさせて……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △48飛と、ここに打つのが好手。
 
 これで、▲69金が先手で打てないから、後手の攻めが一手速い。
 
 今度▲98角△57と馬取りになるので、後手の攻めが刺さっている。
 
 というと、
 
 「あれ? この飛車、取られちゃうんじゃね?」
 
 首をひねったあなたはなかなかスルドイ。
 
 ▲22馬と切って、△同玉に▲66角と打てば王手飛車なのだが、これがいわゆる「毒まんじゅう」。
 
 △33歩と合駒して、▲48角と取らせてから△69角と打てば、角も取り返せる形で後手優勢だった。
 
 
 
 
 
 △58に打って充分に見えるところを、あえて王手飛車をかけさせる超高等テクニックで、森内も感心していたという。
 
 この将棋に大いに満足した私は、これから二人が、名人戦だけでなく他の棋戦でも、どんどんおもしろい将棋を見せてくれるのだと、新時代の幕開けに胸を躍らせたものだった。
 
 
 (羽生と森内の名人戦第5局編に続く→こちら
 
 
 

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