フリッツ・ラング『M』と永井豪『デビルマン』に見る「正義の怒り」のあやうさ その3

2018年09月24日 | ちょっとまじめな話
 前回(→こちら)の続き。

 ドイツ映画『M』のラストで、

 「この殺人者をここで死刑にしないのはどういうことか」

 そう釈然としなかった若かりし日の私。

 「古典」と呼ばれる作品には、古びてしまい「資料的価値」が高くなってしまったものと、今でも鑑賞に堪えうるものの2種類あって、『M』はまさに後者なのだが、見ている間中ハラハラし、同時に犯人役であるペーター・ローレへの怒りが湧き上がってくる。

 もちろんそれこそが名匠フリッツ・ラングのねらいで、その「義憤」を頂点まで高めたところで、

 「法の名のもとに」

 冷や水をかぶせる。

 ハッとなったわれわれは、そこで激高する市民と一体になっていた自分を冷静にかえりみて、この『M』はなにを描かれた作品なのか、ざわざわした割り切れない気持ちで考え始めるのだ。

 それこそが私の場合は「正義」だった。観賞中、ずっと犯人は殺されるべきだと思っていた。

 それもできるだけ無残に。なんなら、被害者たちの手で行われてもいい。

 「法の名のもと」なんておためごかしは必要ないし、精神病院に放りこんでの「治療」「更生」も望まない。

 子供殺して、なんの罰も受けずぬくぬく過ごして、いつかは釈放でっか、と。

 なら、ここで「われわれの手で」殺すべきなのではないか。

 私はハッキリこう思った。いや、今でも全然思っている。

 今回、この記事を書くにあたって『M』を観直してみたが、のべ4回目の今回も、やはり昔観たとき同様、

 「警察、いらんことすな! こんな悪党、今すぐここで殺せや!」

 やっぱ、そうなっちゃうんだよなあ。

 もちろん、それが「正しいこと」であるとは思っていない。

 それなりに人生経験も積んでるし、本などで仕入れた「そういうことはよくない」という歴史的、論理的な裏付けとなる知識も多少はある。外で、たとえどのような事情があれど、だれかを「殺せ」など口に出しもしない。

 でもそれは、

 「法治国家は」

 「ドイツの世相が」

 「倫理の問題で」

 といった「正しいこと」では覆い隠せない、私自身の「素直で自然な感情」であり、それをくつがえすことはなかなか大変だなと苦笑いを禁じ得ないのだ。

 フリッツ、アイツをぶち殺して、オレをスッキリさせてくれよ、と。

 だから私は、永井豪先生の『デビルマン』を読んで、3度衝撃を受けた。

 言うまでもなく、あの悪魔特捜隊による牧村家などの惨殺シーンだが、ひとつ目は

 「ふつうのヒーローアニメだと思っていた『デビルマン』にそんなショッキングなシーンがあったこと」。

 ふたつめは

 「それによって、《人間とはなんと愚かで、扇動されやすいのか》と戦慄したこと」

 そしてみっつめは、

 「自分は暴徒たちに怒る不動明ではなく、その『愚かな人間』の方になる可能性は充分あること」

 「ペーター・ローレを殺すべき」と確信していた私が、呑気に「きさまらこそ悪魔だ!」なんて、だれかを糾弾できるはずもない。

 「やっちまえ」って、言ってんだもん。

 ふつうに考えたら、不動君が叫んだような「外道」側に立つ可能性は充分ではないか。

 そこに「正当性」や「大義」があたえられたら、なおさら。しかもそれは「超スカッとすること」ときてる。

 『M』のペーター・ローレは犯罪者だった。だが、もしそれが

 「オレたちの勝手に決めたルール」

 における「罪」だった場合はどうなる?

 「民族の血を汚した」

 「資本家や貴族だった」

 「モラルに反する作品を作った」

 「神を信じていない」

 「だれかが井戸に毒を入れた」

 「戦争犯罪人」

 などなど。

 いや、そもそも本当の犯罪者でも「リンチ」をしていいのか。たぶん、いけないのだろう。だが私には確信できない。

 理性(そんなものがあると仮定しての話だが)と「自然な感情」が反する場合、どちらを優先するのが正しいのかを、

 「スパイがまぎれこんでいる」

 「家族が狙われている」

 「おまえは不当に搾取されてる」

 という、扇動家の決まり文句を耳に吹きこまれた状態で、うまく判断できるとはかぎらない。

 だから私は「正義の怒り」を警戒する。

 なにか「悪」を見つけたときに、自分基準のせまいモラルや《世間の常識》の判断で、それを断罪し、排除しようとしてしまわないかを。

 それはおそらく、人間にとって「自然」で「充実感ある」体験であり、逆らうことに困難が生じる。

 だからこそ、「不本意」ながら常に心にとめておかなければならない、と考えているのだ。

 

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