我等の生涯の最良の年 米長邦雄vs中原誠 1993年 第51期名人戦 第4局

2023年06月14日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回に続いて、30年後藤井聡太七冠が目指す「最年長名人」の話。

 1994年の第51期名人戦は、挑戦者の米長邦雄九段が、中原誠名人を相手に開幕から3連勝

 これで勝負の行方はほぼ決定的。続けて第4局は傍目にはほとんど手続きというか、新名人誕生のセレモニーのように見えた。

 

 

 

 勝負が決まったのは、ここだと言われている。

 といってもまだ序盤の駒組の段階で、駒もぶつかってないのに気が早い話だが、たしかにそうなのである。

 ここからの5手が意表の手順であり、後手が困っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 ▲35歩、△同歩、▲同銀、△34歩、▲26銀

 なんてことはない。先手はを使ってを繰り替えただけである。

 しかも好位置につけている▲36を、▲26と飛車先を重くするところに、わざわざ持ってきたのだ。

 ▲26▲25歩、△同歩、▲同銀、△24歩、▲36銀とするなら、よく見る手順だけど、はてこれは、なんじゃらほい。

 一目は不可解だが、これまた「佐藤康光に教わった」という研究範囲の将棋で、次に▲36桂と打って▲45歩から▲25歩と突貫していけば、後手玉は防戦困難なになるのだ。

 

 

 

 

 を打つ空間をつくるのが、こののくり替えのねらいで、すでに中原がハマっていたのだ。

 これにガックリきたか、中原のその後の指し手にねばりがなく、ほとんど中押しのような形で敗れたのだった。

 

 

 


 ▲46角で、ちょっと早く見えるが中原が投了

 △67馬と突っこんでくるのは、▲37角とこちらを取って無効。

 また△67飛成、▲同金、△同馬には▲27飛と王手馬取りに打って、△23馬で両方を受けても▲21金以下の詰みがある。

 これで、とうとう「米長邦雄名人」が誕生した。

 初挑戦から苦節17年。実に49歳11か月の栄冠であった。

 米長ファンはもとより、別にそうでない人ですらも、

 

 「米長邦雄が一度は名人になるべき男である」

 

 ということは認めているし、そもそも名人が神様に選ばれてなるのなら、米長がそこに入らないわけもないと皆が確信していた。

 なので、この結果に関して私は、おどろいたり、よろこんだというよりは「やろうな」という感じだった。

 このとき米長は、

 


 「名人位は(選ばれるものではなく)奪い取るもの」


 

 

 と語り、「選ばれるもの」という呪縛に長く苦しんできた思いを吐露。

 もっとも、「本心は違うところ」にあり、


 


 「いや、やっぱり米長先生。あなたは名人に選ばれたのですよ、と誰か言ってくれそうなものではないか」


 

 とも言っていたが、米長のこの「研鑽」による勝利は間違いなく、

 

 「名人は神様に選ばれた者だけがなれる」

 

 という神話、いや「呪い」を打破したともいえるわけで、皮肉な言い方をすれば「奪い取」ったことにより、

 「名人位の権威

 というのが終わりを告げ、「七大タイトル(今は八大)のひとつ」という位置づけに落ち着いたといえるかもしれない。

 では絶対に届くはずのなかった「現人神」のような存在に「努力」などで触れることが、できるようになった。

 いわばこれは名人位の「人間宣言」なのである。

 このことを嘆く人はいるかもしれないが、私としては戦後将棋界を支えた「名人」という存在の

 

 「社会的役割を終えた」

 

 というようにも感じられ、それを成仏させたのが米長邦雄だったのもまた適役だったのではとも思うのだ。

 米長名人は1年の短命で、翌年には羽生善治に奪われてしまう。

 その後は「羽生善治名人」「佐藤康光名人」「丸山忠久名人」「森内俊之名人」といった若き新名人たちが、

 

 「名人は強いものが、その実力で勝ち取ってなる」

 

 という流れの礎を築くことになり、時代はまた新しい名人戦の盛り上がりを見せていくことになるのだ。

 

 

 (米長邦雄と羽生善治の名人戦での激闘はこちら

 (佐藤康光名人による決死の防衛劇はこちら

 (丸山忠久名人誕生と防衛の様子はこちら

 (森内俊之名人と「十八世名人」誕生についてはこちらこちらから)

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


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