悪手のジェットコースター・ムービー 藤井聡太vs出口若武 2022年 第7期叡王戦 第3局

2022年05月26日 | 将棋・名局

 叡王戦の第3局はメタクソにおもしろかった。
 
 藤井聡太叡王(竜王・王位・王将・棋聖)に出口若武六段が挑んだ、第7期叡王戦五番勝負。
 
 挑戦者決定戦では「藤井のライバル」候補である服部慎一郎四段を破っての檜舞台で、日の出の勢いの出口だが、開幕からは2連敗。 

 まあ、相手が相手だから、そこはしょうがない(とか本当は言っちゃいけないんでしょうケド)としても、ストレート負けは本人的にも観戦している方としても、これはマズイわけである。
  
 結果はともかくも、まずは1勝しなければ、出てきた甲斐がないというものだが、その想いが通じたか剣が峰の第3局で、出口はすばらしい将棋を見せたのだ。
 
 終盤に入るところでも、両者評価値ほぼ50%と、「名局決定」な力の入り様なだけでなく、その後は出口リードを奪う展開に。
 
 いわゆる「藤井曲線」をくずしたのが、まず「すげえ!」といったところだが、最終盤では勝ちまで見えてきた。


 
 
 
 
 
 すさまじかったのがここで、まだ形勢的にはギリのところだが、後手とくらべて、わかりやすい指し手が見えないという意味では、先手が苦しいようにも見えた。
 
 その証拠に、ここから目が回ることになる。
 
 ▲21飛、△31金打、▲11飛成、△52銀、▲65香、△47銀成、▲75角、△43玉、▲31角成、△同金、▲同竜
 
 
 
 
 

 回転木馬のごとく、目まぐるしく局面が動いたが、信じられないことに、ここまで藤井叡王は悪手疑問手を連発している。
 
 あくまで、中継に映っていたAI基準だけど、▲21飛はまだいいとしても、まで読まれてあわてて指した▲65香は、素人の私が見ても、いかにもパッとしない手だ。
 
 ▲75角も疑問のようで、こう打つなら▲31角成は騎虎の勢いだが、どうも暴発のよう。

 △同金、▲同竜の場面はハッキリと後手に形勢の針はかたむいた。
 
 さあ、ここである。
 
 後手玉は簡単な詰めろだが、先手玉もアヤが多く、いかにも逆転のワザ攻防手がありそう。
 
 解説の藤森哲也五段が指摘する、△57成銀、▲同玉、△75角の王手飛車で竜を抜く筋が見えるけど、竜取ったあとが、先手玉も楽になって、これはむずかしいか。

 単に△75角もありそうだけど、▲35桂、△同歩、▲34金からの王手ラッシュもメチャクチャに怖いなあ。
 
 でも、ここを突破できないようだと、タイトルなんて取れないぞ!
 
 藤井聡太に恨みはないどころか、将棋界のためにもどんどん勝ちまくってほしいが、私は一応関西人であるし、なによりいい将棋はたくさん見たいのだ。
 
 なんで、とにかく、この一局は出口が取れ! 第4局や!
 
 なんて、こちらのテンションもMAXレベルに達したが、惜しむらくは、この場面。

 もし出口六段に残り5分でもあれば、きっと正解手を見つけ出し、シリーズはまだまだ続いたことだろう。
 
 だが、超絶難解な死線をくぐり抜け、さらにまた、次から次へと門番のように立ちふさがる難題難局面を突破するには、1分という時間は絶望的に短かった。
 
 秒に追われて選んだ△42銀が敗着で、これは受けになっていない。

 ここでのAI推奨手は△42角

 

 

 に当てながら▲42金を消し、かつ△86角の飛び出しを見た絶好手だったようだ。

 銀打には、▲22竜と逃げたのが冷静で、△88角の形作りに▲35桂から後手玉は詰み。
 
 これで3連勝となり、藤井叡王が初防衛に成功。堂々と五冠王をキープしたのだった。
 
 いやー、最後は本当に残念だったけど、でも、すんごいおもしろかった。久しぶりに燃えたよ。
 
 このところ、藤井叡王の将棋は勝っても負けても、こういう評価値でんぐり返りなジェットコースター将棋は少なかった。

 王座戦の大橋貴洸六段戦は、終盤にドラマがあったみたいけど、ブレが一瞬すぎて、わけがわからなかったし。
 
 やはり、将棋は悪手こそがおもしろいと考えるタイプの私には、この一局は大満足

 好局だったなあ。出口の出来も良かったし。ホレましたよ。

 泣くな、若武、キミには明日があるで!
 
 あと、この将棋でおもしろかったのは、△52銀の局面での最善手が▲22歩だったこと。
 
 
 
 
 
 
 
  これには、藤森五段と木村一基九段も、
 
 
 「いやー、これは人間には指せない」
 
 
 定番のうなり声をあげてましたが、たしかに。
 
 解説でも言ってたけど、この手自体がなんにもないし、次に▲21歩成と成っても、まだなんでもない。
 
 その次、▲31とと取って、はじめて攻めになるんだけど、その間完全な「ゼット」になってしまうというのが、オソロシすぎる。
 
 この2手の間、後手は自陣を見ずに攻めまくれるのだ。
 
 「ゼットからの猛攻
 
 は終盤で、だれもがヨダレをたらす勝ちパターンなのである。しかも、先手は歩切れと来たもんだ。
 
 たしか、似たようなケースで米長邦雄永世棋聖の将棋を、前に紹介したことあるから、よかったらそれも読んでいただきたいですけど、あれより全然、藤井玉は危険だし、相手は終盤力に定評のある出口若武だし。
 
 いやいやいやいや、あれは無理ですわ! こんなの全盛期の大山名人や、羽生さんでも、指せないんでねーの?
 
 藤井聡太といえば、これまで幾度も、
 
 
 「これは人間には指せない」
 
 
 という壁を軽やかに乗り越えてきたけど、ここで▲22歩はさすがに指せなかった。
 
 「完璧超人」というイメージはあるけど、できないこともあるんだなあと、ちょっと不思議な気分に。
 
 でもこれは、逆に言えばまだ「のびしろ」があるということでもあり、
 
 「藤井八冠王
 
 が誕生する一局では、もしかしたら成長の果てに、この▲22歩のような決め手が飛び出して、伝説を作るかもしれない。

 そういうことを考えていると、ますます未来に期待がかかってくるのであって、この青年からは目が離せなくなるのだ。 

 

 ★おまけ 米長邦雄永世棋聖が見せた「ゼット」での踏みこみは→こちら

 

 


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2 コメント

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Unknown (大山ファン)
2022-06-17 22:41:12
いつも楽しく見てます。
大山名人なら22歩は指した気もします
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Unknown (シャロン)
2022-06-17 23:57:12
大山ファンさん、コメントありがとうございます。

>>大山名人なら22歩は指した気もします

たしかに、こういう手渡しで相手を迷わせ、苦しめるのは大山名人の十八番かもしれません。

大山先生は数字の面などで羽生さんとくらべられることは多いですが、藤井五冠と指したらどんな風になるか想像してみると、これもおもしろいかもしれません。
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