「勝率が高い棋士よりも、勝負強い棋士になりたい」
そんなことをいったのは、将棋のプロ棋士である鈴木大介九段であった。
勝負の世界では、たくさん勝つというのが当然大事だが、それと同じくらい、いやむしろそれ以上に、
「ここ一番で勝つ」
ということが重要になってくる。
もともとは島朗九段が言っていた言葉らしいが、年齢の違いはあれ、ポジション的にトップを走る「羽生世代」に挑む形の「追走集団」にいた棋士たちからすれば、特にその気持ちは強いだろう。
実際、鈴木大介は、
「僕が羽生さんと戦ったら、10番やって2、3番入るかどうか」
そういうリアルな告白の後、こう続けたのだ。
「でも、その勝ちを決勝戦とか挑戦者決定戦で当てることをイメージして戦っている」
勝率では劣っても「いい位置」で勝てれば、その差は埋められるという鈴木流の勝負術であろう。
今回は、その鈴木大介の思惑が、ピタリとハマった一番を紹介したい。
2006年、第77期棋聖戦の挑戦者決定戦。
相手は2年連続の挑戦をねらう羽生善治三冠。
鈴木のゴキゲン中飛車に、羽生は「丸山ワクチン」で対抗。
角交換型の将棋によくある、おたがい仕掛けるのが難しい中盤戦だったが、鈴木が好機に角を打ちこんで局面を動かす。
馬を作られ、押さえこみの態勢に入られそうな羽生は、あれやこれやと手をつくして局面の打開を図るが、歩切れにも悩まされ、なかなか好転の兆しがない。
この▲53金と打ったのもすごい手で、羽生の苦心のあとがうかがえる。
△53同金なら、▲45に取られそうな桂を跳ね出して勝負ということだろうが、いかにも強引だ。
鈴木は冷静に△27と、と取り、先手も▲52金は△同金くらいでも攻めにならないから、▲62金、△同飛に▲53角成。
苦しいながらも懸命の食いつきで、玉の薄い後手も気持ち悪く見えるが、ここで鈴木大介は自分でも会心と認める一手を見せる。
△44角とぶつけるのが、振り飛車党なら手がしなる、あざやかな駒さばき。
▲62馬は△同角と取って、自陣の飛車と後手の要の馬との交換の上に、働きの弱かった△33の角も使えて、後手大満足だ。
それでは勝ち目がないと見て、羽生は▲44同馬として、△同歩に▲53金。
△72金の受けに、▲62金と飛車を取り、△同金に▲85歩と突いて、勝負勝負とせまるが、△59飛と打ちこんで後手がハッキリ優勢。
以下、玉頭でもみ合って、羽生が▲82歩と打ったところ。
▲81歩成からの一手スキで、「最後のお願い」という手だが、鈴木大介はすでに読み切っていた。
△72桂と打つのが、とどめの一着。
詰めろを防ぎながら、次に先手がどうやっても、△84桂と根本の香を払ってしまえば後続がない。
▲92角成のような手にも、△52金寄で受け切り。
手がなくなった羽生は▲81歩成から、▲74角成として以下形を作り、最後は鈴木が先手玉を即詰みに討ち取った。
これで鈴木は、1999年の第12期竜王戦以来のタイトル戦登場。
序盤、中盤、終盤と振り飛車側がどれも圧倒した、すばらしい将棋だった。
本人も、
「今後、これ以上の将棋が指せるかなあ」
そう漏らすほどの最高傑作。
この内容を、羽生相手の挑戦者決定戦で発揮したのだから、まさに鈴木大介の勝負強さが、見事に結実した一局であった。
■おまけ
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