「勝率」よりも「勝負強さ」 鈴木大介vs羽生善治 2006年 棋聖戦挑戦者決定戦

2022年09月12日 | 将棋・名局

 


 「勝率が高い棋士よりも、勝負強い棋士になりたい」


 

 そんなことをいったのは、将棋のプロ棋士である鈴木大介九段であった。

 勝負の世界では、たくさん勝つというのが当然大事だが、それと同じくらい、いやむしろそれ以上に、

 「ここ一番で勝つ」

 ということが重要になってくる。

 もともとは島朗九段が言っていた言葉らしいが、年齢の違いはあれ、ポジション的にトップを走る「羽生世代」に挑む形の「追走集団」にいた棋士たちからすれば、特にその気持ちは強いだろう。

 実際、鈴木大介は、

 


 「僕が羽生さんと戦ったら、10番やって2、3番入るかどうか」


 

 そういうリアルな告白の後、こう続けたのだ。

 


 「でも、その勝ちを決勝戦とか挑戦者決定戦で当てることをイメージして戦っている」


 

 勝率では劣っても「いい位置」で勝てれば、その差は埋められるという鈴木流の勝負術であろう。

 今回は、その鈴木大介の思惑が、ピタリとハマった一番を紹介したい。

 

 2006年、第77期棋聖戦挑戦者決定戦

 相手は2年連続の挑戦をねらう羽生善治三冠

 鈴木のゴキゲン中飛車に、羽生は「丸山ワクチン」で対抗。

 角交換型の将棋によくある、おたがい仕掛けるのが難しい中盤戦だったが、鈴木が好機にを打ちこんで局面を動かす。

 を作られ、押さえこみの態勢に入られそうな羽生は、あれやこれやと手をつくして局面の打開を図るが、歩切れにも悩まされ、なかなか好転の兆しがない。

 

 

 

 この▲53金と打ったのもすごい手で、羽生の苦心のあとがうかがえる。

 △53同金なら、▲45に取られそうなを跳ね出して勝負ということだろうが、いかにも強引だ。

 鈴木は冷静に△27と、と取り、先手も▲52金△同金くらいでも攻めにならないから、▲62金、△同飛に▲53角成

 

 

 

 苦しいながらも懸命の食いつきで、玉の薄い後手も気持ち悪く見えるが、ここで鈴木大介は自分でも会心と認める一手を見せる。

 

 

 

 

 △44角とぶつけるのが、振り飛車党なら手がしなる、あざやかな駒さばき。

 ▲62馬△同角と取って、自陣の飛車と後手のとの交換の上に、働きの弱かった△33も使えて、後手大満足だ。

 それでは勝ち目がないと見て、羽生は▲44同馬として、△同歩に▲53金

 △72金の受けに、▲62金と飛車を取り、△同金に▲85歩と突いて、勝負勝負とせまるが、△59飛と打ちこんで後手がハッキリ優勢。

 

 

 

 以下、玉頭でもみ合って、羽生が▲82歩と打ったところ。

 

 

 

 ▲81歩成からの一手スキで、「最後のお願い」という手だが、鈴木大介はすでに読み切っていた。

 

 

 

 

 

 △72桂と打つのが、とどめの一着。

 詰めろを防ぎながら、次に先手がどうやっても、△84桂根本を払ってしまえば後続がない。

 ▲92角成のような手にも、△52金寄で受け切り。

 手がなくなった羽生は▲81歩成から、▲74角成として以下形を作り、最後は鈴木が先手玉を即詰みに討ち取った。

 これで鈴木は、1999年の第12期竜王戦以来のタイトル戦登場。

 序盤、中盤、終盤と振り飛車側がどれも圧倒した、すばらしい将棋だった。

 本人も、

 


 「今後、これ以上の将棋が指せるかなあ」


 

 そう漏らすほどの最高傑作。

 この内容を、羽生相手の挑戦者決定戦で発揮したのだから、まさに鈴木大介の勝負強さが、見事に結実した一局であった。

 

 


 ■おまけ

 (鈴木大介が竜王戦で藤井猛を翻弄

 (鈴木大介が順位戦で見せた渾身の勝負術

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 


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