「受け将棋萌え」には、大山康晴十五世名人の将棋が楽しい。
昭和将棋界の巨人である大山名人といえば、そのしのぎの技術が際立っており、どれだけ攻めのうまい相手が挑んでも、涼しい顔で受けとめてしまうのだ。
中でも、「ようこんなん、守り切れるなあ」と感心したのが、この将棋。
前回は馬の力で屋敷伸之を圧倒した羽生将棋を紹介したが(→こちら)、今回は大山名人の得意とする受けを見ていただきたい。
1970年の第9期十段戦、第4局。
大山康晴十段と中原誠八段の一戦。
中原の3連勝でむかえたこの勝負、2人の対戦にしてはめずらしく相居飛車、それも横歩取りという幕開けになる。
空中戦らしい、飛角の乱舞する華々しい攻防となったが、序盤の指しまわしが機敏で大山がリードを奪う。
ポイントを取られて、なにか動くしかなくなった中原は、端をからめてせまり、むかえたのがこの図。
△39銀と打たれたこの場面。私もそうだが、わりと多くの人が、
「先手つぶれ形」
と見るではあるまいか。
放っておくと、△28銀成、▲同金に、△47角成。
▲36金と角を取るのも△28銀成。
▲38飛は△27角成、▲39飛に△38金くらいで、とにかく飛車を取ってしまえば、先手陣は薄すぎて、とても持たない形。
一方、後手は大駒の打ちこみに強いという、中住まいの強みが発揮され、手をつけるところがない。
いわゆる「固い、攻めてる、切れない」の、必勝態勢のよう。
横歩取りというのは、
「一回、食い破られたら、そこからねばれない」
というむずかしさがある。
ましてアマ級位者から低段クラスなら、先手をもって受け切るのは至難だろう。相当に後手が、勝ちやすい局面に見えるのだ。
ところが、プロ筋で見れば、ここはすでに先手がやや優勢。
大山の妙技が冴えわたるのだ。
▲37飛と打つのが、「受けの大山」らしい一着。
受け将棋といえば自陣飛車で、今でも森内俊之九段や木村一基九段が得意としているが、2枚くっついてのというのは、かなりめずらしい形ではあるまいか。
こうやられてみるとアレや不思議な、一気に攻めつぶす手が存外見つからない。
中原はとりあえず△28銀成と取って、▲同金に角取りだから△54角と逃げる。
大山は▲66角と好所に大駒を設置するが、本人によればこれが、
「このごろの悪い癖【一目指し】」
後悔を生んだそうだが、急所のラインを押さえて、そこまで悪い手にも見えないから、むずかしいもの。
後手は△19飛と打ちこみ、▲45銀打と受けたところでは大山も自信がなかったらしいが、先ほどとくらべると、かなりしのぎの形が見えてきている。
△39銀と打たれたときは風前の灯火に見えた先手陣だが、たった数手でこんなに手厚くなっているのだから。
中原は△16香と歩を補充しながら、先手陣を乱そうとするが、▲同香に△27歩と打ったのが悪手。
ここは△45角、▲同銀、△16飛成で後手優勢だった。
▲27同飛に△16飛成と香を取られても、▲54銀と角を取って、△同歩に▲22飛成が好手。
△同金、▲同角成で、一気に後手玉が見えてきた。
この局面でふつうは先に▲22角成としたいところだから、中原もそう思いこんでいたのでは、と大山は推測している。
次に▲21馬と取られて、▲84桂と挟撃されると、後手玉は一気に寄り形に(「だから現代では△72銀型にする」とは行方尚史九段と佐藤天彦九段の弁)。
あせらされる後手は、△19竜と入って、▲39金に△36香と「歩の裏側の香車」で攻めるも、▲37銀打として受け切り決定。
網をやぶられたら、ねばれないはずの横歩取りで、こんなしぶとく指せる大山はさすがの一言。
先手は金銀の数が多く、なかなかつぶれないのに対し、後手は陣形をまとめる手がない。
以下、△89飛、▲69香、△99飛成に▲21馬と取って、いくばくもなく大山勝ち。
こうして見ると、大山の指し手はどれも自然で、さしてむずかしいところもなく受け切っているようだ。
「助からないと思っても助かっている」
有名な大山語録があるが、まさにそんな感じ。
受け将棋を好む私は、もうウットリなのです。
(羽生善治の絶品振り飛車編に続く→こちら)
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