助からないと思っても助かっている 大山康晴vs中原誠 1970年 第9期十段戦 第4局

2020年11月21日 | 将棋・好手 妙手
 「受け将棋萌え」には、大山康晴十五世名人の将棋が楽しい。
 
 昭和将棋界の巨人である大山名人といえば、そのしのぎの技術が際立っており、どれだけ攻めのうまい相手が挑んでも、涼しい顔で受けとめてしまうのだ。
 
 中でも、「ようこんなん、守り切れるなあ」と感心したのが、この将棋。
 
 前回はの力で屋敷伸之を圧倒した羽生将棋を紹介したが(→こちら)、今回は大山名人の得意とする受けを見ていただきたい。
 
 
 1970年の第9期十段戦、第4局
 
 大山康晴十段と中原誠八段の一戦。
 
 中原の3連勝でむかえたこの勝負、2人の対戦にしてはめずらしく相居飛車、それも横歩取りという幕開けになる。
 
 空中戦らしい、飛角の乱舞する華々しい攻防となったが、序盤の指しまわしが機敏で大山がリードを奪う。
 
 ポイントを取られて、なにか動くしかなくなった中原は、をからめてせまり、むかえたのがこの図。
 
 
 
 
 
 △39銀と打たれたこの場面。私もそうだが、わりと多くの人が、
 
 「先手つぶれ形」
 
 と見るではあるまいか。
 
 放っておくと、△28銀成、▲同金に、△47角成
 
 ▲36金を取るのも△28銀成
 
 ▲38飛△27角成▲39飛△38金くらいで、とにかく飛車を取ってしまえば、先手陣は薄すぎて、とても持たない形。
 
 一方、後手は大駒の打ちこみに強いという、中住まいの強みが発揮され、手をつけるところがない。
 
 いわゆる「固い、攻めてる、切れない」の、必勝態勢のよう。
 
 横歩取りというのは、
 
 
 「一回、食い破られたら、そこからねばれない」
 
 
 というむずかしさがある。
 
 ましてアマ級位者から低段クラスなら、先手をもって受け切るのは至難だろう。相当に後手が、勝ちやすい局面に見えるのだ。
 
 ところが、プロ筋で見れば、ここはすでに先手がやや優勢
 
 大山の妙技が冴えわたるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲37飛と打つのが、「受けの大山」らしい一着。
 
 受け将棋といえば自陣飛車で、今でも森内俊之九段木村一基九段が得意としているが、2枚くっついてのというのは、かなりめずらしい形ではあるまいか。
 
 こうやられてみるとアレや不思議な、一気に攻めつぶす手が存外見つからない。
 
 中原はとりあえず△28銀成と取って、▲同金に角取りだから△54角と逃げる。
 
 大山は▲66角と好所に大駒を設置するが、本人によればこれが、
 
 

 「このごろの悪い癖【一目指し】」

 
 
 後悔を生んだそうだが、急所のラインを押さえて、そこまで悪い手にも見えないから、むずかしいもの。
 
 後手は△19飛と打ちこみ、▲45銀打と受けたところでは大山も自信がなかったらしいが、先ほどとくらべると、かなりしのぎの形が見えてきている。
 
 
 
 
 
 △39銀と打たれたときは風前の灯火に見えた先手陣だが、たった数手でこんなに手厚くなっているのだから。
 
 中原は△16香を補充しながら、先手陣を乱そうとするが、▲同香に△27歩と打ったのが悪手
 
 
 
 
 
 
 ここは△45角、▲同銀、△16飛成で後手優勢だった。
 
 ▲27同飛△16飛成を取られても、▲54銀を取って、△同歩に▲22飛成が好手。
 
 
 
 
 
 
 △同金、▲同角成で、一気に後手玉が見えてきた。
 
 
 
 
 
 この局面でふつうは先に▲22角成としたいところだから、中原もそう思いこんでいたのでは、と大山は推測している。
 
 次に▲21馬と取られて、▲84桂挟撃されると、後手玉は一気に寄り形に(「だから現代では△72銀型にする」とは行方尚史九段佐藤天彦九段の弁)。
 
 あせらされる後手は、△19竜と入って、▲39金△36香と「歩の裏側の香車」で攻めるも、▲37銀打として受け切り決定。
 
 
 
 
 
 網をやぶられたら、ねばれないはずの横歩取りで、こんなしぶとく指せる大山はさすがの一言。
 
 先手は金銀の数が多く、なかなかつぶれないのに対し、後手は陣形をまとめる手がない。
 
 以下、△89飛▲69香△99飛成▲21馬と取って、いくばくもなく大山勝ち。
 
 
 
 
 こうして見ると、大山の指し手はどれも自然で、さしてむずかしいところもなく受け切っているようだ。
 
 
 「助からないと思っても助かっている」
 
 
 有名な大山語録があるが、まさにそんな感じ。
 
 受け将棋を好む私は、もうウットリなのです。
 
 
 (羽生善治の絶品振り飛車編に続く→こちら
 
 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)
 
 
 
 

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