1手ゆるめて勝率アップ! 高橋道雄vs藤井猛 2011年 A級順位戦 渡辺明vs佐藤天彦 2016年 第41期棋王戦

2021年09月01日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば勝てましたね」

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋で難しいと感じる場面は多々あって、定跡がおぼえられないという人もいれば、終盤の詰むや詰まざるやが、読めないという人もいるだろう。

 その中で、やや地味なものでは、こういうのもある。

 「中盤から終盤の入口あたりで、ハッキリ優勢だけど、それをどうキープして勝ちに結びつけるか見えにくい」。
 
 将棋というのは

 「優勢なところから勝ち切る

 というのが大変なゲーム。

 「はい、この局面は、あなたがリードしています。では、ここからそれをキープして、ゴールまで走ってください」

 突きつけられると、具体的な手が見えないし、

 

 「勝たないといけない」

 「これで負けたら恥だぞ」

 

 なんていう、いらんプレッシャーも感じるし、相手は一度死んだ身だから捨て身の勝負手特攻をかけてくるしで、もう頭はクラクラ。

 

 「野球のピッチャーは1-0でリードしているときが苦しい」

 「サッカーは2-0で勝っているときが危ない」

 

 なんて、よく言われるけど、その気持ちはよくわかるのだった。

 私も、「逃げ切り」は苦手なんだよなあ……。

 そうやって手こずっていると、早く勝ちたいもんだから単調直接手に頼ってしまい、ついには逆転

 ガックリ肩を落としながら、

 

 「ここで1手、落ち着いた手を指していたら……」

 

 前回は、大山康晴十五世名人の冷静な勝負術を紹介したが(→こちら)、今回もそういうときに、参考になる将棋をご紹介。

 

 2011年A級順位戦最終戦。

 高橋道雄九段藤井猛九段の一戦。

 ここまで4勝4敗の高橋は、すでに残留を決めているが、藤井は3勝5敗で敗れると降級

 勝っても、丸山忠久九段が勝つと、やはり10期守ってきたAクラスの座を失うことになる。

 苦しい立場の藤井だが、とにかくまずは勝つしかない。

 磨きあげた、角交換四間飛車にすべてを託すが、高橋の腰の重い指しまわしに苦戦を強いられる。

 むかえた、この局面。

 

 

 駒の損得こそほぼないが、先手陣は手厚く、手持ちの飛車に、9筋の位も大きく、高橋優勢だ。

 負ければおしまいの藤井は、△15歩と打って、次に△14桂で、飛車を捕獲しようとねらっている。

 先手がリードこそしているが、まだ後手の美濃囲いも健在で、ここから勝ちに結びつけるとなると、これが一仕事。

 そこで見習いたいのが、こういう手なのだ。

 

 

 

 

 ▲19歩と打つのが、落ち着いた1手。

 △同馬と取らせて、▲28歩とフタをすれば、後手にとって攻防の要駒だった馬が、完全に無力化されてしまった。

 

 

 指し手に窮した藤井は△43銀と引くが、▲23成香△34桂の飛車取りに、かまわず▲33成香と踏みこむのが、

 

 「終盤は駒の損得よりもスピード」

 

 △26桂と取られても、▲43成香、△同金に▲41飛の攻めの方が早い。

 

 

 ここで、一連の手順の効果が出ており、もし△64にいれば、△42金と飛車に当ててから、△41歩の底歩などでねばれるが、あわれ頼みの馬は僻地で箱詰めにされている。

 泣きの涙で△53金とよろけるしかないが、▲62香△71金の「美濃くずし」の手筋を入れてからの▲94歩と突くのが、急所中のド急所

 

 

 

 △同歩は、▲92歩△同香▲91銀が、お手本通りの手筋で、△同玉に▲71飛成まで寄り。

 後手は右辺にある、4枚角桂がヒドイことになって、もう泣きたくなる。

 すぐに飛車をおろすような手より、こちらのほうが、結局は速いことがおわかりいただけるだろう。

 

 もうひとつ、急がない勝ち方で思い出すのが、この将棋。

 渡辺明棋王佐藤天彦八段が挑戦した、2016年の第41期棋王戦五番勝負。

 1勝1敗でむかえた第3局

 渡辺が当時、後手番でたまに指していたゴキゲン中飛車から、相穴熊の戦いに。

 双方、大きく駒をさばきあって、むかえたこの局面。

 

 

 佐藤天彦が▲21飛成と、桂馬を取ったところ。

 ▲28飛車取りを無視してのことだから、おどろくところだが、続く渡辺の手が落ち着いた好手だった。

 

 

 

 

 △83銀打と、ここを埋めるのが穴熊の感覚。

 △85歩と突いた形(渡辺はこの形をよく指していた印象がある)は△86歩など攻撃力がある反面、▲84を打たれて反撃されると、一発でガタガタになるリスクもある。

 そこをしっかりケアするこの銀打は、いかにも穴熊党というか、指しなれている感がバリバリ。

 囲碁でいう「大場より急場」で、この場合は△28と、と飛車を取るよりも、こっちのほうが最優先事項なのだ。

 佐藤は▲29飛と逃げるが、△56角で後手の攻めが続く。

 以下、堅陣を頼りに攻めまくり、渡辺が圧倒。

 

 

 

 

 図は佐藤の穴熊が、上から押しつぶされる形で陥落寸前。

 こうなると、後手陣が固すぎる上に、△83に打たれた厚みが頼もしすぎる。

 劣勢の佐藤天彦も、この後ねばりにねばりまくり、70手(!)近く持ちこたえたが、最後は渡辺の軍門に下った。

 熱戦の多いシリーズだったが、最後は3勝1敗で、渡辺が棋王防衛を果たしたのだった。

 

  (羽生善治によるスピード勝負編に続く→こちら

 


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2 コメント

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Unknown (soborut)
2021-09-01 14:44:20
投稿お疲れ様です。落ち着いた良い手、指したいですねぇ。「何故この局面で焦った?まだ持ち時間があったのに」という後悔は辛いです(笑)。

>>藤井は2勝5敗で敗れると降級。
ここは「3勝5敗」だと思います。
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Unknown (シャロン)
2021-09-01 18:56:43
soborutさん、コメントありがとうございます。

なんで将棋って、自分で指してると、あんなに手が見えないんでしょうねえ(苦笑)。

詰将棋や「次の一手」で出されたら、サクッと解けそうな問題も、実戦で目の前に現れるとハラホレヒレ。

「岡目八目」とはよく言ったものですねえ。


〉〉ここは「3勝5敗」だと思います。

あ、本当ですね。訂正しておきます。
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