「立石君が詰みがあるっていうんですわ」
終局後に、副立会人の脇謙二七段が、そんなことを言ったのは、1991年の第59期棋聖戦五番勝負。
前回に続いて、南芳一棋聖・王将に谷川浩司竜王・王座が挑んだ、その第1局でのこと。
この局面で、南は△66角、▲同金、△77銀から王手ラッシュをかけるも、1枚足らずに先手の勝ちとなった。
将棋自体はいい内容で「名局」とも称賛されたが、そこに「物言い」がついた。
しかも、それはまだプロでない「記録係」の少年からだった。
奨励会員だった立石径三段が、秒読みをしながら「詰みあり」と見切っていたのだ。
タイトルホルダー2人が、いや検討している並みいるプロたちが「詰みなし」と結論付けた局面で、まさかの「詰む」宣言。
しかも、その手順がすさまじく、世界で立石三段のみが理解できたスーパー絶妙技だったのだ。
△77銀と、いきなり打ちこむのが正解。
▲同桂、△同歩成、▲同銀左、△同桂成。
ここで▲同玉は△65桂でも、△85桂でも、やや手順は長いが、わりと自然に追う手順で詰み。
なので▲同金と取るが、そこで△76桂と打つのが、立石三段の才能を見せつけた快打。
後手の指したい手は△66角切りだが、先に△77銀から入ると、そのチャンスを失うように見える。
そこを△76桂で、時間差の△66角を生み出すのが絶品の組み合わせ。
▲同金、△66角に▲同金左は、△77銀、▲同玉、△85桂から。
▲同金右にも、△48飛、▲78金に△79銀(!)と打て、▲同玉に△46馬が、指のしなる活用。
▲68歩、△同馬、▲同金、△88金、▲69玉、△57桂。
▲同金、△68銀までピッタリだ。
ちなみに、△46馬に▲88玉は△79銀、▲77玉、△68飛成、▲86玉、△85金、▲同金、△66竜、▲76合に△74桂。
手順こそ長いが、ほとんど一本道でむずかしくはない。▲同金に△85金まで。
▲78金の合駒の次の△79銀(△46馬が入る前の銀打)に▲77玉でも、△68銀打、▲86玉に△64馬と、今度はこっちに活用すればキレイに詰むのだ。
手順ばかりで、ややこしく申し訳ないが、南の選んだ「△66角、▲同金、△77銀」と立石の言う「単に△77銀」のなにがちがうのか。
当時の記事では、こまかい解説がないので(昔の将棋雑誌はコアな読者が多いので、そのあたりは「わかるでしょ」ということなのだろう)ヘボなりに解説してみると、たぶんこういうこと。
問題となるのは、△77でバラしたあと△48飛、▲78合駒、△79銀、▲同玉、△46馬と王手した局面。
ここで後手の持駒に銀があるかないかが、天国と地獄の分かれ目なのだ。
下の2図をくらべていただきたい。
上が本譜の進行で、下が立石三段の読み筋。
ほぼ同一局面なのに、この場合、後手に銀が1枚多い!
そう、後手が△46馬と王手して、▲88玉と逃げたときに、本譜は△79に打つ銀がないが、「立石流」は△79銀で並べ詰みになるのだ。
後手は△77に打ちこんで△48飛としたとき、2回「△79銀」が必要なため、銀が2枚駒台にないといけない。
だが、初手に△66角から入ると、▲同金、△77銀、▲同桂、△同歩成に「▲同金」と取って、▲86にある銀を渡さない手順で先手が逃れているのだ。
そこを「銀を2枚よこせ」が、単に△77銀の意味(たぶん)。
これだと、銀を渡さないよう▲同桂、△同歩成に▲同金と取っても、△同桂成、▲同銀左にやはり△76桂が痛打。
▲同銀、△66角、▲同金に△48飛と打って、▲78金、△79銀、▲同玉。
今度は手拍子で△46馬とすると、△79銀がないので詰まず大逆転だが(こんな罠もあるんかーい!)、△68金と打つのが好手。
▲同金に△88金の「送りの手筋」で、▲69玉、△57桂で一丁上がり。
なので、△77銀、▲同桂、△同歩成に▲同銀左と取るしかないが、△同桂成として、▲同金(▲同銀は△76桂でダメ)。
まずはこれで銀1枚ゲット。
この手順のなにがすごいと言って、さっきも言った通り銀がほしい後手は、とにかく1枚確実に補充するために、絶対△66角だけは切りたい。
ところがこの形だと角筋が止まって、△66角が入らない。
ましてや最初に△66角とすれば、マストアイテムの銀を取れるだけでなく、△77への利きがひとつ減るため、明らかに詰ましやすくなるはず。
その先入観があるから、この局面は候補から消えてしまうのだ。
時間のない終盤戦なら、だれだってここでは△77銀よりも、
「△66角、▲同金、△77銀」
から入るはずなのだ。
そこを1回、疑ってかかったことが、まるで羽生善治九段のような、やわらかい発想力。
銀を2枚手に入れるため、あえて1回後手の角筋を自ら止めて、その後に△76桂から△66角で、まわりくどく2枚目を手に入れるのが正解。
これなら、▲86と▲66に落ちている銀が、両方とも後手の持駒になる仕掛け。
なんという、すばらしい組み立てだろうか!
まるで、伊藤看寿か伊藤宗看の古典詰将棋みたいではないか。
まさにこの「△77銀」は、今なら藤井聡太七冠が指しそうな絶妙手。
並の棋士が、いや「棋聖・王将」「竜王・王座」の二冠王2人すら気がつかなかった神業級のひらめきなのだ。
「立石おそるべし」
これにより、彼の名は将棋ファンの間でも、とどろいたわけなのである。
もし彼が、そのままプロになりタイトルでも獲得すれば、このエピソードは何度も取りざたされることになったことだろう。
そんな彼が、17歳で将棋界を去ったのだから、そのショックはいかほどばかりか、少しは想像できるかもしれない、「伝説の詰み」なのだった。
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