前回の続き。
「小山怜央四段」誕生を記念して、かつてのアマチュア棋士の活躍を取り上げている。
そこで前回は、アマチュア棋士である天野高志さん(当時アマ名人)が、1990年の第2期竜王戦6組予選の1回戦で、佐藤秀司四段を破るという快挙を達成したことを紹介したが、実を言うと天野さんの活躍はここで終わらなかった。
なんとその後、2回戦で木下浩一四段、準々決勝で沼春雄五段に勝利し、準決勝進出。
次を勝てば5組昇級のみならず、決勝トーナメント進出の可能性も出てくる(もし勝てば決勝の相手は藤原直哉四段か郷田真隆四段)という大一番となった。
対するのは、これも佐藤秀司と同じく新四段になったばかりの丸山忠久。
のちに名人にまで上り詰めるマルちゃんだが、このころからすでに「強い」と評判で、郷田と並んでこの期の6組最強の刺客と言えた。
だが、ここでも天野さんは、すばらしい将棋を披露する。
おたがいガッチリ組み合う本格派の相矢倉から、先手の天野さんが4筋から戦端を開いて行く。
中盤戦、▲52歩とタラしたのが、いかにも筋のよい手で、自陣は堅陣で攻めの銀もさばけて先手ペース。
丸山も金銀の厚みで押さえこもうとするが、天野さんは歩を巧みに駆使して手をつないでいく。
図は▲45銀と打ったところだが、ここでは見事に攻めが決まって先手が優勢、いや勝勢と言っていいほどの局面かもしれない。
すわ! 天野さん、またも大金星か!
しかも、ここで若手バリバリで、将来のタイトル候補である丸山まで吹っ飛ばしたとなると、これは決勝トーナメント進出も夢ではない。
いやそれどころか、本戦でも活躍が見込めるし、まさかの「アマ竜王」もあるんでねーの?
なんて、まさしく「竜王戦ドリーム」の未来が広がったが、ここから丸山の、そうはさせじのねばりがすさまじかった。
必敗の局面から、じっと△27歩と受ける。
▲54銀、△37馬に▲63角成と窮屈だった角にまで活躍されるが、△28歩成、▲64馬、△73歩、▲59飛に△47歩成と、懸命に上部を開拓。
ねらいはもちろん、このころ丸山が得意としていた入玉だ。
それでも、▲24の歩に上部を押さえられ、先手の馬と飛車も生きている中、入れるかは微妙だが、ここからなりふりかまわず、もがいていくのはまさにプロの意地。
▲31銀、△12玉、▲55馬からの攻めにも必死の防戦で、とにかく上に昇ろうとする。
なんとかそれが実って△34玉と、ついに包囲網を突破する道が見えてきた。
それでも▲71角が痛打で、相変わらず後手が苦しいが、とにかくはいずってトライを目指す。
そうして喰いついているうちに、天野さんに悪手が出たわけでもないのに、少しずつ局面がアヤシクなってくる。
流れ的に、寄せに行くか、それとも相入玉を目指すかも判断がむずかしかったのかもしれない。
そうしてついには、双方の玉に寄せがなくなり持将棋に。
天野さんからすれば、勝てた将棋をドローに逃げられた形だが、ここはマルちゃんの執念をほめるべきだろう。
あらためて、指し直し局。
こうなると、さすがに勢いはマルちゃんにあるということで、得意の角換わり腰掛銀から仕掛けの斥候でリードを奪う。
だが、天野さんもここで引き下がるわけにはいかない。
プロにはプロの意地があろうが、アマチュアにはアマチュアの矜持があるのだ。
△49角と好位置に放って、なんとか喰らいつく天野さんだが、次の手が「ザッツ丸山忠久」という手だった。
▲77金打が、当然とはいえしっかりとした受け。
今では「負けない将棋」永瀬拓矢王座が指しそうだが、その元祖である「激辛流」といえば丸山忠久である。
その後も、なんとか手をつなげようとする後手の駒を、と金と馬で責めていき先手陣に寄りはない。
最後はまたも入玉模様に持ちこんで、天野さんを「完切れ」に持ちこみ勝利。
後手が放った4枚の金銀を完全に空振らせた、見事な脱出劇だった。
ここにアマチュアによる5組昇級という快挙は阻止されたが、天野さんの強さは疑いようがなく、ただただ拍手。
もともと私はプロがアマに負けても、さほど「情けない」とか思わないタイプだけど、これ以降ますます、その考えは強いものとなった。
むしろ「アマなんかに」みたいな考え方って、失礼なんでねーのとか。
仕事や勉強に追われながら、ここまでやれるって逆にスゴくね?
一方の丸山も、いつもの「ニコニコ流」だけでなく、陰に秘めた「根性」も、また大きな武器であることを示した。
とても熱い戦いで、このころはまさかアマチュアからプロになる人が出るなんて想像もつかなかったが、長くファンをやっていると、色々と楽しいものが見られるもんだなあ。
(丸山が見せた「根性」の一局はこちら)
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