前回(→こちら)の続き。
女性専用車両に乗りかけて、あやうく逮捕されるところであった。
なんていうと「大げさな」と笑われそうだが、これがイスラム圏だと話が変わってくる。
前回も説明したが、むこうは日本と違って女性の貞操観念にメチャクチャに厳格。
結婚を前提としない男女交際は基本禁止。電車やバスの席も男女を並べてブッキングなども、絶対にありえないのだ。
そんな宗教的にガチなエジプトの首都カイロで、なんとはなしに地下鉄に乗って、たまたま目の前に停まったのが、女性専用車両。
それも、神が決めたという。
それに乗ろうとした。そら空気も凍ります。
ここにいくつか言い訳させていただければ、まず私は観光客であり、現地の文化風習には疎いこと。
いわれなくては、そんなタブーのことなどわからないわけだ。
ふたつめは、駅に注意書きのようなものがなかった。
いや、あったのかもしれないが、アラビア語では素人が読めるはずもない。英語でもなかった気がする。
まあ、観光客がカイロっ子のふだん使う地下鉄とか、あんまり乗らないのかもしれないけど、それにしたって、そんな大事なことはちゃんとよそ者でもわかるように、英語表記をしておいてほしい。
まあ、むこうからしたら、「いわんでも、わかるやろ」ということなんだろうけど。
しかも、そのときガイドブックを熱心に読みふけっていて、本当に目の前のドアが開く瞬間まで事態に気づいていなかった。
あの、なーんにも考えず乗車しようとしたときの、車内から感じた恐ろしいほどの異様な空気だけは、今でもあざやかに思い出せる。
目を本に落とした状態でも、ビンビンに感じられたのだから、人の持つオーラというか切迫した空気感はすごい。
ビックリして顔を上げると、そこには車内一杯に乗り込んでおられるイスラム女性のみなさま。
ムスリムらしく、厚い布で全身と髪をかくすイスラムスタイル。皆が皆彫りの深い美人ぞろいである。嗚呼、眼福、眼福。
なんておさまっている場合ではない。異様なのは、その表情である。
全員女性。それだけでも、男子には結構なこと威圧感があるのに、それに加えてその顔に張りついた表情がものすごかった。
それらは一様に、驚愕、憤怒、困惑、恐怖、混乱。
そういった感情がない交ぜになって、一斉にこちらを見ているのだ。
クトゥルフ神話に出てくる探検家や学者は、きっとあのような顔をして発狂していたのにちがいない。
おかしなことになっているのは、さすがのトロクサい私でも気がついた。
あ、これ、アカンやつや。
人間の反射神経というのはたいしたもので、私はそのままマイケル・ジャクソンばりのあざやかなバックステップを決めると、きびすを返してかけだした。
しまったあ、ここはイスラムの国やったんやあ! ダッシュしながら、ようやっとそこに気づいた。
去り際にチラッと振り返ると、そこには今にも暴徒と化してなぐりかかってでもきそうな、オットロシイ顔をしたイスラムお姉さまたちが、こっちをにらみつけていたのである。
冷静になって思い返すと、自分のやってしまいそうになった大ポカに戦慄する。
なんという国辱ものの大阿呆なのか。
「家族以外の男とは目も合わせるのもダメ」
くらいの文化圏で、見も知らぬ、しかも異教徒の男性が、女性だけが集まる場所にずかずかと踏みこんでいくとは、礼儀知らずどころか、ほとんど蛮族の行いである。
日本でいえば女湯とか女子トイレに男が素っ裸で入っていくとか、それくらいにありえないことなのだ。
いや、それよりヒドい。国によっては、大げさでなく死刑になりうるし、たぶんエジプトでも十分犯罪になる可能性大だ。
嗚呼、あれだけは本当に危なかった。
このときはたまたまカンが働いたし、たまたまイスラム文化についてちょっと学んでいたから、とっさに「やばい!」となったものの、もしそういったことを全然知らないまま旅してたらと思うと、これはもう尿をちびるほどコワイ。
日本のチカン防止とくらべても、イスラムの女性専用車両はガチです。
冗談ではすみません。絶対に乗りこまないように。「隣、いい?」なんて強引なナンパもご法度。とんでもないことになる可能性も。
外国を旅行するときは、多少は現地の文化も知っておかないといけないなあと、勉強になりました。
あのとき驚いたエジプト女性の方々、本当にご迷惑をおかけしました。無知は罪だなあ。