さわやかなポカ、やりきれぬウッカリ 塚田泰明vs郷田真隆 1991年 NHK杯 中川大輔vs深浦康市 2005年 B級1組順位戦

2023年11月19日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 将棋のポカやウッカリも、様々である。

 大事な駒をタダで取られたり、王手飛車を喰らうなど、やってしまったほうも笑うしかないズッコケもあれば、人生のかかった大一番でやらかしてしまい、なぐさめの言葉もかけようのない場合もある。

 最近ではやはり「藤井聡太八冠王」が誕生した王座戦

 

 

「名誉王座」と「八冠王」をかけた2023年、第71期王座戦五番勝負の第3局
先手の藤井から▲21飛の王手に、△31歩と「金底の歩、岩より固し」で受けておけば、後手の永瀬が勝ちだった。
本譜は△41飛と打ったため、▲65角でまさかの大逆転。
 

 

続いて第4局。やはり永瀬必勝の終盤戦で、ここでは▲42金からバラして▲52飛と打てば△55の銀や△37の角を手順にスイープできる「負けない将棋」で先手勝ち。
だれもがフルセットを確信したところで、時間に追われた永瀬は▲53馬と指してしまい、まさかの展開で「八冠王」が誕生。

 

 

 衝撃の結末2連チャンには言葉もなかったが、10点差9回裏ツーアウト20点差アディショナルタイムに入っても、とんでもない事件の可能性があるところが将棋のドラマなのである。

 ということで、今回はポカのお話。

 


 

 まずは「さわやか」編。

 1991年NHK杯戦

 塚田泰明八段郷田真隆四段の一戦。

 塚田先手で相掛かりから力戦調の激しい戦いになって、むかえたこの局面。

 

 

 

 強豪同士で熱戦、ここからの終盤戦が実におもしろそう。

 攻めのターンが回ってきた郷田は、まず△69と、とせまる。

 と金を活用しながらの金取りで、自然な手だ。塚田も▲49金と寄る。

 

 

 

 難解な寄せ合いで、どちらが優勢かまったくわからないが、なんとこの将棋は次の手でおしまいなのである。

 

 

 

 

 

 △89飛成が、これ以上ない「さわやか」な大悪手

 を作りながらを補充して、自然な一手に見えるが、これがとんでもない大ポカだった。

 と言われても、私など一瞬よくわからなかったが、盤上を広く見渡してほしい。

 そう、なんとこの▲23にあるで、タダ取られてしまうのだ。

 当然、次の一手は▲89同馬で、そこで郷田が投了

 大熱戦のはずが、急転直下の結末となった。

 これを見れば、最初にわざわざ△69と▲49金の交換を入れた図面を見ていただいた理由がわかっていただけるだろう。

 そう、このほんの少し前の局面では、と金が△78にいたため、△89飛成としても馬が利いていなかった

 郷田はそのイメージがあったため、大丈夫と思いこんで、桂を取ってしまったのだ。

 

 郷田がイメージしていたのが、この図。△78のと金がいて竜が守られている。

 

 

 説明されると「あー、なるほど」とわかるけど、それにしたって、すごいウッカリである。

 指された塚田もたまげたことだろう、これには郷田も笑うしかあるまい。

 

 もうひとつは、人生をかけた一番でのやらかし。

 ポカが陰惨になるというのは、これはもう順位戦と相場が決まっていて、2005年の第64期B級1組順位戦

 この期のB1は深浦康市八段が9勝2敗と独走し、早々とA級復帰を決めていた。

 残る1枠を争うのは、中川大輔七段阿部隆八段

 最終戦を残して中川は8勝3敗自力昇級の権利を持つが、もし敗れると最終戦が抜け番で、すでに8勝4敗でフィニッシュしている阿部が、順位の差で頭をハネることになってしまう。

 勝てば天国、負ければおしまいとスッキリした形の中川に、最後立ちはだかるのが、すでに昇級を決めている深浦

 消化試合ということもあって、いつもほどの熱で戦ってくることはないかもしれないが、結果を気にしなくていい気楽さが、将棋にどう影響をあたえるかも不明。

 また、将棋界には

 

 「自分にとってはどっちでもいい勝負でも、相手にとっての大一番であるなら、それは全力で勝ちにいかなければならない」

 

 という、余計なお世……「米長哲学」もあるうえに、そもそも深浦自体が大強敵とあって、中川と阿部、どちらに転ぶかは、まったくわからない状況だった。

 ところが、結果はともかく、熱戦は必至と思われたこの大一番、なんと序盤早々に将棋は終わってしまうのだ。 

 

 

 

 中川が、ちょっと趣向を凝らした形の横歩取りに誘導したが、ここで△44歩と突いたのが軽率すぎた。

 すかさず深浦が、後手陣の不備を突く一撃をおみまいする。

 

 

 

 

 

 ▲25角と打って、升田幸三風に言えば「オワ」。

 △51金と逃げてなんでもないようだが、それには▲36角引とするのが機敏なスイッチバック。

 

 

 

 金の動きのを取る見事なフェイントで、▲81角成を受ける手がない。

 むりくり受けるなら△71飛だが、こんな受け一方の飛車を打たされては、大駒2枚の働きが違いすぎ、とても指しきれないだろう。

 中川は△71金と苦渋の辛抱を選ぶが、深浦はゆうゆうと▲52角成で、早くも大きなリードを奪う。

 

 

 

 以下、馬の力を生かして上部から圧倒

 見事、「米長哲学」を完遂し、その結果阿部A級に。

 中川はその実力からしてA級棋士になっていてもおかしくなかったが、その将棋をこんな形で落としてしまうとは、なんともやりきれない気持ちになるではないか。

 


★おまけ

(A級昇級をフイにした郷田の大ポカはこちら

(C級2組の泥沼に足を取られた井上慶太先崎学の大ポカ)

(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


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