前回(→こちら)の続き。
難敵である深浦康市を4勝2敗のスコアで破り、王位のタイトルを獲得した広瀬章人。
23歳での戴冠には
「いよいよ世代交代か」
という声も上がるほどだが、二冠をねらって挑戦者決定戦まで上がった棋王戦では、渡辺明竜王に敗れ、ちょっと一休みといったところ。
明けてむかえた防衛戦。広瀬はその真価を試されることになる。
そう、挑戦権として名乗りを上げたのが羽生善治棋聖・王座だからだ。
羽生善治という男のおそろしいところは、単に強いだけでなく、負かされても、すぐに立ち上がってくる、常人ばなれしたしぶとさにある。
羽生からタイトルを奪い、次の年リターンマッチを制し、ようやっととどめを刺したと思ったら、さらに次の年もあらわれて、「またか」と疲れ切ったところでやられてしまう。
そのノーライフキングのような「殺しても死なない」生命力が、まさに羽生の本当の強さであり、ここでも日の出の勢いの広瀬を、つぶしにかかるように勝ち上がってきたのだ。
ただ、戦前の予想では、どうなるかわからないところもあった。
広瀬の実力もさることながら、この年、羽生は森内俊之に名人位をうばわれており、勢いではややおとるところもあったからだ。
果たしてシリーズは、広瀬の2連勝でスタートする。
第1、2局とも熱戦であったが、終盤の競り合いでは広瀬がリードして抜け出した。
内容的にもスキがなく、広瀬の充実ぶりがうかがえたものだった。
だが、ここで簡単に引き下がる羽生ではない。
第3局で、広瀬必殺の振り飛車穴熊を粉砕すると、第4局は最終盤の場面まで同一手順局があるという、めずらしい形に。
分岐点で広瀬に見落としがあって、羽生がタイに戻す。
流れが悪くなった広瀬だが、第5局では得意の終盤で切れ味を見せる。
相穴熊のさばきあいで、まだ双方に穴熊が残って、これからに見える。
だが、なんと広瀬はここから、わずか9手で羽生を投了に追いこんでしまう。
△95桂と打つのが、穴熊崩しの手筋。
受ける形にとぼしい先手は、▲78金とするが、そこで悠々△19竜と駒を補充。
やはりピッタリした受けがない先手は▲52とと攻め合うが、底歩が固い後手はかまわず、△84香と攻め駒をシンプルに足していく。
▲62とに、△87桂不成から、▲同銀に△79金と打つのが、簡明で先手玉は必至。
あっというまの寄せであり、これを見た私は「今期は広瀬か」と思わされたもの。
実際3勝2敗と王手をかけた第6局、広瀬が序盤で、見事な駒組勝ちを披露。
羽生が△45銀と出たところで、▲64歩と突くのが機敏な一着。
銀取りだから△33桂と受けるが、▲65銀と進軍し、△36歩、▲38金、△64歩。
そこで▲74銀と出て、△73歩と打たせると、後手の角が完全に封印されてしまっている。
△82の角がヒドイ形で、これで決まったかに見えたが、△94歩から△93角と、羽生も巧みな手順で包囲網を突破し、ねじり合いに持ちこんで逆転に成功。
このあたりは、さすがというほかない精神力だ(第6局についてはこちら)。
これで3勝3敗のタイスコアに。
流れが二転三転し、どこまでも展開が読めない勝負は、ついに最終局へ。
そうなると、もう戦型はこれしかあるまいの、相穴熊になった。
お互い竜と馬を作り合って、まだまだこれからに見えるが、ここで羽生が指した手が、いかにも味のいい好手だった。
△42飛と、眠っていた大砲を使うのが、指がしなる手。
飛車、香、銀による、タテの突破が受からない形で、馬や角が近く目標になりやすいのも、先手の泣き所。
羽生はこの飛車香を起点に、先手の金銀を次々はがしていき、広瀬の穴熊をあっという間に破壊してしまう。
2連敗スタートが、終わってみれば、「振り穴王子」の穴熊を見事に完封しての王位復帰。
これが羽生善治という男の、えげつないところといえる。
一発入れたら、倍どころか、相手が足腰立たなくなるまで、やり返してくる過剰防衛男。
幾多の棋士が、このダメージを払拭するのに、相当な労力を費やす羽目になるのだが、広瀬もまたその罠に、徐々に足を取られつつあったのだ。
(続く→こちら)