「ホッとする瞬間」というのがステキだと思う。
「女性のどんなところに、《いいな》となるか」
というのは男同士での酔談に、よく出るテーマである。
寝顔がカワイイという人もいれば、石鹸や香水のにおいにポーっとなったり、眼鏡美人や、CAさんに看護師さんの制服など「装備」に惹かれるパターンもある。
なんて、男子にはそれぞれこだわりがあるわけだが、これが私の場合はこないだも言った、
「女の子が、安堵の表情を浮かべる瞬間」
先日は、スランプを乗り越えた大坂なおみ選手が見せた
「よかったぁ……」
とホッとした姿にキュンときた話をしたが、他にも色々とあるもの。
たとえば2019年のNHK杯将棋トーナメント。高崎一生六段と里見香奈女流五冠との一戦。
相振り飛車から、むかえた中盤戦。
高崎が、端をからめて後手玉に殺到しようというところ。
飛車と角に、銀、桂、香まで目一杯使う、矢倉戦のような攻めだが、これがなかなかにウルサイ。
単純な△83銀はいかにも薄くて、▲84銀で簡単にツブレ。
△83角のような受けでも、▲84銀(▲84飛もありそう)と出て、△65角に▲同桂が△53の銀当たりで幸便と、端のアヤもあって、なんのかの手にされそう。
こうなると、玉から離れた金銀が哀しいことになってしまうが、ここで里見は強手を見せて、見事にしのいでしまうのだ。
△74角と打ち返すのが、里見の力を見せた強防。
▲同銀、△同歩に▲同角は、△83銀打とはじき返して崩れない。
高崎は▲74同銀、△同歩に▲75歩と突くが、△95歩と取って、▲74歩に△83香と空間を生めて、先手の攻めは切れてしまった。
以下、リードを奪った里見が、丁寧な指しまわしでまとめて制勝。
スポーツの試合などと違って、将棋の世界ではこういうとき、歓声を上げたり、「よっしゃ!」とガッツポーズしたりする姿を見ることはない。
激戦の熱も冷めやらないうえ、勝っても露骨には喜ばないのが、この業界の暗黙のマナー。
だから、最初は緊張にこわばっていた里見だったが、少し感想戦のやり取りをしているうちに笑顔がこぼれてきた。
これがまた、とってもステキだったものだ。
男性棋士を、それも高崎六段のような実力者をNHK杯という大舞台で破るということは、やはり女流棋士にとって大きな仕事である。
それゆえに闘志も並ではなかったろうが、そこを乗り越えたときに見せた、里見さんの安堵の表情にシビれた。
なんか、いいなあ。ため息出ちゃうよ。
現在、里見さんはプロ編入試験の真っ最中。
彼女の実力と実績をもってすれば、充分すぎるほど合格の可能性はあるが、相手もバリバリの新四段たちであるし、なによりプレッシャーはハンパないほど、かかっていることだろう。
結果がどう出るかは神のみぞ知るで、私はただ彼女が力を出し切れること、そして、まだまだ閉鎖的な将棋界に新しい風を吹かせてくれるよう、静かに祈るのみである。