「彼が強いとは思えない」
ある棋士のこと、かつてそう評したのは、若手時代の森下卓九段であった。
現在、竜王戦で八冠王になったばかりの藤井聡太竜王と挑戦者となった伊藤匠七段が激しいバトルを繰り広げている。
「同世代対決」として話題を呼び、
「年齢の合計が41歳はタイトル戦史上最年少記録」
なのだそうで、藤井聡太の21歳(!)はもとより伊藤匠の22歳と言うのも、相手がバケモノだから目立たないだけで、将来のA級&タイトルへのパスポートをその手につかんだと言っていい快挙だ。
藤井八冠はデビューこのかた、「歩く記録メーカー」やなーとか感心することしきりだが、ではこの2人の前に「最年少」だった2人はだれだろう。
ここで過去の名局などを紹介しているせいで、そんなことを考えるのがすっかり習慣になってしまったが、だいたいこういうのは元祖「記録メーカー」である、羽生善治九段の名前を出しておけばいいとしたものだが、はてどうでしょう。
羽生と森内俊之九段がはじめてタイトル戦で戦ったのが、たしか1996年の名人戦で25歳同士の合計50歳。
これは史上初の「20代同士の名人戦」として話題になった。
羽生と佐藤康光九段の竜王戦や、郷田真隆九段との王位戦なんかはもっと若いけど、双方23歳か24歳くらいだったはず。
これらもかなりの若さではあるけど、実はこれより、さらに若い対決があったのだ。
それが1990年、屋敷伸之棋聖と森下卓六段の棋聖戦。
2人の年齢が、なんと18歳と24歳。
記憶力が穴の開いたバケツな私だが、なぜかこの数字のことだけは、よくおぼえていて、そのカラクリは挑戦者決定戦にある。
当時の史上最年少である17歳でタイトルを取った屋敷に挑むのは、森下と郷田真隆四段のどちらかだった。
この挑決で19歳の郷田が勝っていれば、なんといまだ達成されていない、前代未聞の
「10代同士のタイトル戦」
になっていたのだ。
これはさすがの藤井聡太八冠でも、破れないものとなったはず。
いくらスゴイ棋士でも、こればっかりは「相手」がいないといけないものね。
郷田はこのときのことを取材などで訊かれることが多く、これには本人も
「めったにない機会でしたので、今思えば勝ちたかったですね」
コメントしていて、その流れで
「あー、まだ郷田も、屋敷も10代やったもんなあ。じゃあ、森下もまだ20代前半やったんやね。2人とも若!」
とまあ、頭のどっかに引っかかっていたわけである。
さらに言えば、私がこの記録のことをおぼえていたのには、もうひとつ理由がある。
それこそが、冒頭の森下の言葉。
森下は仲の良い先崎学九段に、ある時ふと、
「羽生君は強い。たしかに強い」
そう前置きしてから、こう続けたというのだ。
「それに比べて屋敷君は強いとは思えない。どうしても思えないんです」
(続く)