「【観る将】の人にも、ぜひ実際に将棋を指してみてほしい」
というのは、先日言ってみたことだが(→こちら)、それは単にゲームとしておもしろいだけでなく、
「ポカやウッカリは、指して、駒から指がはなれた瞬間に【あ!】と気づく」
「他人の将棋や、テレビやネットでの観戦だと手が見えて、バンバン予想手が当たるのに、いざ自分がその局面を指してみると、1手も見えなくなる」
という、実戦心理や「あるある」が体感できて、将棋観戦のおもしろさが、爆発的にアップするからだ。
そうなると、一見むずかしそうな、泥仕合や駆け引きの交錯する将棋も、楽しめるようになるわけなのだ。
前回は渡辺明の見せた見事な「藤井システム」退治を紹介したが(→こちら)、今回は人の心が揺さぶられるさまを見ていただきたい。
2012年の第70期B級1組順位戦。
鈴木大介八段と、畠山鎮七段の一戦。
この期の鈴木は不調で、この将棋に負けると降級の可能性があるという、裏の大一番。
一方の畠山は、なんとか残留を決めて気楽な立場だが、将棋界には、
「自分にとっては消化試合だが、相手にとっては人生を左右する大一番。こういうときこそ、全力で戦って勝利しなければならない」
という、よけいなお世……「米長哲学」というのが存在するため、力が抜けるなんてことは、ほぼありえない。
そもそも畠山は、どんな将棋でも全力投球な、ファイタータイプの棋士なので、「ゆるめてくれる」なんて、期待できるはずもないのだ。
将棋は鈴木が角交換型の中飛車に組むと、畠山も金銀をくり出して、厚みで迎え撃つ。
むかえた、この局面。
一歩得の後手の模様がよさそうだが、先手は玉が固く、歩損しても歩切れというわけでもないので、互角であろう。
後手が押さえこめるか、先手がその間隙をぬって、大駒をさばけるかというところだが、ここから局面が動き出す。
△95金と出るのが、おもしろい一手。
「金はななめに誘え」
という言葉もある通り、通常こういう形は無筋としたものだが、これで次に△86金や△86歩とされると、飛車が圧迫され、完封される恐れがある。
そこで鈴木も▲74歩から、飛車の周辺をほぐしていくが、畠山も金で左辺を制圧し、△15歩から待望の端攻め。
そこからゴチャゴチャした玉頭戦になり、激しいねじり合いに。
あれこれあって、クライマックスとなったのが、この場面。
形勢は超難解。
パッと見、先手からは▲53歩とか、▲45歩とか、▲89飛なんかが見えるが、どれがいいのかはサッパリわからない。
観戦している分には最高だが、指しているほうは大変という、一番熱いところだが、ここで鈴木の指した手が驚愕だった。
▲75歩と打ったのが、思わず、
「えええええ!?」
と声が出る手。
この手の意味自体は、正直なところ不明どころか、そもそもいい手かどうかも、わからない。
自玉は玉頭から攻められるのが、ミエミエなのに、その反対側から手をつける。
放っておけば、▲74歩の取りこみから▲73歩成だろうけど、そんなもん間に合うんかいな?
いや、そもそもこれを、△75同歩と取ったところで、先手に手段があるの?
全部ごもっとも、お説の通り。
事実、観戦していたプロも「なんやこれ?」だったらしい。
しかしだ、これは鈴木大介から言わせれば、おそらく会心の勝負手で、たしかにそれは、なんとなくではあるが、伝わってくる。
棋士の本場所ともいえる順位戦の、それも最終盤。
そんな極限状態の中、ポンとこんな、ワケのわからない手を指されたら、そりゃ混乱します。
攻めてもいけそうだし、△75同歩でも、先手は手に困ってるのでは?
でも、具体的にとなるとむずかしいし、かといって△75同歩は、相手の言いなりでバカバカしくも見える。
けど、実戦的には取るのが最善か。
落ち着いた手が指せるかどうかが、勝負将棋の大事なファクターだしな。
でも、そこで読んでない、いい手があるかもしれないし……。でも、でも……。
……なんて畠山鎮は、おそらく迷いに迷ったことだろう。
つまりこれは、善悪はともかく、とにかく「雰囲気の出た手」であることは間違いない。
ハッタリと紙一重の気合。
疑問手か、それとも罠か。
疑心暗鬼におちいる畠山を見て、
「この修羅場中の修羅場で、この歩を、△同歩と取れるわけなんてないっしょ!」
不遜に胸を張る鈴木大介の姿が、目に浮かぶようではないか。
結局、畠山鎮はこの歩を取り切れず、△25歩と攻める。
これ自体はいい判断だったが、先手からすれば「ひるんだ」とも取れるわけで、以下▲74歩、△76歩に▲89飛として、竜を作ることに成功。
その勢いで玉頭戦も制し、見事に鈴木が自力でのB1残留を決めたが、おそらくは▲75歩が、乾坤一擲の「勝着」だったはずだ。
いや、絶対そう。
手の意味はわからなくても、盤に打ちつけるとき心の中で、
「勝つにはこれしかない!」
さけんでいたはずなのだ。知らんけど。
いや、このあたりの形勢とか、実際どうなのかはわからずとも、見ているだけでもメチャおもしろい。
自分もプレーすると、こういう、言葉にならない重圧や駆け引きの妙が、あれこれと想像というか妄想できて、こりゃもうアツいわけですわ。
だから、実戦を指してみよう!
と、ここまで語ってみれば、多少は興味もわいていただけるかもしれない。
となれば、あとは駒を並べるか、将棋ウォーズにでもログインして完了。
指し方については、こむずかしい定跡とかより、郷田真隆九段のステキな言葉通りにやればいい。
「将棋なんて簡単だ。バーンと攻めて、反撃されたら、ガキンと受けりゃあいいんだ」
将棋の本質を、こんなに簡潔に表した言葉が、他にあろうか。
世にはたくさんの、カッコイイ「棋士語録」があるが、数ある中で、私がもっとも好きなフレーズである。
バーンと攻めて、ガキンと受ける。
ね? 簡単でしょ?
あとは気軽に指して、悩んで迷って、頭をかかえて。
七転八倒しながら、勝ってよろこび、負けてくやしがりとやっていると、
「そっかー。あの場面で天彦が頭をかかえていたのは、こういうことやったのかあ」
「こんな危険なところで、よう踏みこむなあ。すげえわ、斎藤慎太郎こそ真の勇者や!」
「優勢なはずやのに、決め手をあたえへんなあ。逆転しそうや。おお、コレが、かの有名な【高見の死んだふり】か」
新たなる発見が山もりで、将棋観戦の充実度は、今の10倍、いや100倍になること、ワタクシが保証いたしますです、ハイ。
(「米長哲学」誕生の一局編に続く→こちら)
(鈴木大介の実戦的な逆転術は→こちら)