前回(→こちら)の続き。
一見重いフィルム・ノワールに見せかけて、実はゆかいなコントのようなフランス映画『死刑台のエレベーター』。
ここでさらにコメディ度を加速させるのが、主人公モーリス・ロネを悪の道へと導いたジャンヌ・モロー。
またこのジャンヌ姐さんが、妙におかしいというか、恋人がアクシデントに見舞われていることに、ちょっとした行き違いがあって気づかず、
「どうしたん? もしかして土壇場でおじげづいたんかいな。それとも、もうウチのことなんて愛してないのん?」
アレコレ悩みながら、深夜の街を徘徊するのであるが、なんかそこもヘン。
たとえば、モーリス行きつけのバーに、聞きこみに出かけるのだが、そこで
「ジュリアン(モーリス・ロネの役名)を見かけた」
という女に出会う。
期待と恐れが、ないまぜになった表情でジャンヌ姐さんは「彼女に一杯」とギャルソンに告げるが、女はうつろな表情で
「先週よ……」
この答えに、ジャンヌ姐さんは「ああ……」とでも、ため息をつきたげに、そっと外に出ていく……。
……て、この場面。画で見ると、ジャンヌ姐さんの演技力と、マイルス・デイヴィスのしっとりした音楽で、なにやらフレンチ・ノワール的アンニュイさを醸し出している。
けど、これってセリフだけ取ったら、
「ジュリアンを見たで」
酔っ払ってる不思議ちゃんがそういうのに、
「彼女に一杯あげたって。で、いつ?」
「うーんとね、先週!」
「ズコー!」
……てことでしょ?
「オレ、カジノで大もうけしたで」
「へー、すげえな!」
「『ドラクエ』のやけどな」
「ゲームの話かい!」
ていう子供の会話と一緒やん!
その間、勝手に車盗んで、嘘八百の武勇伝をふかしまくって、それを笑われたらいきなり拳銃で撃つとか、自分のダメダメっぷりを棚に上げて
「オレの人生はメチャクチャだ」
ルイは苦悩している。知らんがな、と。
一方、ベロニクの方は、
「ひどいことになったわ。あたしたち、新聞に載るのね……」
泣きそうになりながらも、ふと顔をあげ、ウットリしたようにつぶやく。
「みんなが言うのね、見て、あのカップルよって……でも、それもステキかも……」
完全に陶酔モード。
痛すぎるねえちゃんである。絶対に彼女にしたくないタイプだ。
あまつさえ、
「心中して、歴史に名を残しましょう」
などと底が抜けたようなことをいいだし、ふたりは睡眠薬を飲んで眠りにつく。
もうこのあたりは明らかに悪意のある演出で、当時まだ監督は25歳なのに、「今どきの若者」に言いたいことでもあったんでしょうか。
とにかく、このカップルの能天気ぷり(まあ本人たちは大マジメですが)を見てると、そこが、モーリス・ロネのにっちもさっちもいかない危機的状況と比較されて、もう大爆笑。
緊張と緩和というか、悲劇と喜劇というか、ほんまにルイ・マル天才や!
いや、爆笑するところでは全然ないんだけど、笑うッスよ、これはホント。
いやあ、もうメチャメチャにおもしろい。
しかも、話はまだエスカレートし、なんとベロニクが偽名(「タベルニエ夫妻」というモーリス・ロネの役名)を使っていたことが原因となって、モーリス・ロネはドイツ人殺しの下手人として追われることとなる。
朝になって、ようやく電気がついて、やれうれしやとエレベーターから脱出したら、その途端に見も知らん殺人の犯人に。
しかも、エレベーターの中にいたもんだからアリバイはなく、そもそもそれを言っても信じてもらえない。
だいたい、信じられたら今度は社長殺しの容疑はまぬがれず、八方ふさがり。
まったくもって、おそろしい話だが、その発端はただの忘れ物である。
ついでにいえば、このころジャンヌ姉さんも明け方、不審人物として警察に連行されている。
ドタバタしてますなあ。
結局、死にきれなかったルイとベロニクであったが、ルイは「モーリス・ロネ逮捕」の報に、
「やったラッキー!」
ガッツポーズで、おおよろこび。
よろこんで、どうするという話だが、まあ、そういう子なんですね。フォローのしようもない。
ところが、ここには穴があった。
そう、モーテルで撮った記念写真だ。
あれを見られたら、犯行時にドイツ人夫婦と一緒にいたことがバレてしまう。なんとか取り戻さないと……。
バイクで写真屋に急いだところに、刑事であるリノ・ヴァンチュラが待っていて御用となる。
モーリス・ロネの無実が証明されて、ジャンヌ姉さんは
「いやー、もうウチ安心したわ。刑事さん、サンキューね」
ウキウキとよろこぶが、そのカメラのフィルムの中にはモーリスとジャンヌ姉さんが、仲良くちちくりあっているところも写っており、リノ・ヴァンチュラが、
「奥さん、写真はまずかったッスね」
うなずいて映画は終了。
ジャンヌ姉さんは、
「すべてはお終い。でも、写真の中だけでは、あたしたちは永遠にふたりきり……」
遠い目をしてつぶやくのだが、その前に、これから二人で人を殺そうってときに、呑気にツーショットの写真撮るなよ!
浮気とか、ようその展開でバレますねんって。
ラブホテルで彼氏と写真撮って、それでスキャンダルになったアイドルとか、よういてますやん。
てか、モーリスも元パラシュート部隊の英雄で、スゴ腕産業スパイのはずやのに、どこでも証拠残しすぎや!
こうして最後まで見て、私は天にむかって叫んだのである。
「この映画に出てくるヤツ、どいつもこいつもアホばっかりやあ!!!!!」
だってこれ、事件を殺人現場からじゃなくて
「不倫現場から逃げ出す」
に変えたら、そのまま立派な『ベッドルーム・ファルス』になるもんなあ。
レイ・クーニーとか、アラン・エイクボーンみたいな。
てか、私が舞台人なら、これを一字一句変えずにコメディとして上演します。いや、マジで。
かくのごとく私は、この映画を観るたびに、パリの夜闇が匂い立つような重厚なノワールを味わうつもりが、奇しくも
「忘れんぼ兄さんが閉じこめられてる間に、リアルな世界がとんでもないことになってギャフン!」
みたいな作品を見せられてしまい、
「なんか思ってたのとちがう……」
そんな気分になりながらも、
「けど、おもしろかったからいいや」
なんて満足してしまうのである。