ベテランと新鋭 関根茂vs森下卓 1991年 第50期B級2組順位戦

2021年01月18日 | 将棋・名局

 「ベテランの洗礼」

 というのは、スポーツなどの世界でも、よく聞く話である。

 今をときめく若手のチームが、「まあ、問題ないだろう」と思われていた古参選手伏兵チームに一発入れられて大苦戦を強いられる。

 それは将棋の世界でもままあることで、前回は「永世七冠」をめぐる渡辺明羽生善治による「100年に1度の大勝負」を語ったが(→こちら)、今回はベテランが順位戦で見せた、老練の味を紹介したい。

 

 1991年、第50期B級2組順位戦の開幕戦。

 関根茂九段森下卓六段の一戦。

 この年のB2は序盤から波乱含みで、まず昇級候補の大本命だった羽生善治棋王が、初戦で東和男六段に敗れるという、番狂わせからスタート。

 となると、注目は2番手候補である森下に集まるわけだが、これがまた62歳の大ベテラン相手に、苦戦におちいっているというのだから、順位戦というのはわからないもの。

 後手の関根が矢倉中飛車を選ぶと、仕掛けから華々しい戦いが続いて、むかえたのがこの局面。 

 

 


 △39飛成に、森下が▲79金と打って守ったところ。

 形勢はの働きや、先にができてる差があり、後手の関根が有利。

 とはいえ、相手は谷川浩司羽生善治に次ぐと見られていた森下卓である。

 そう簡単に勝たせてくれるわけはないし、深夜の体力勝負に持ちこめば、25歳(若い!)と62歳という年齢差がジワジワとものをいってくる。

 そこを計算に入れ、関根は次の手を選んだ。

 

 

 

 △59金と打つのが、確実な攻め。
 
 以下、△69金△79金△89金と横歩きしていけばいいのだから、なんとも話は分かりやすい。

 『対局日誌』でこの将棋を採りあげたの河口俊彦八段も、

 

 「六十歳を超えた関根が疲れていないはずがない。わかりやすくしようとするのは当然の心理」

 「若いころの関根は、粘っこい指し方に特徴があった。△65馬と取るなど、複雑な指し方を選んでただろう」

 

 局面をゴチャゴチャさせると、森下の体力終盤力で、最後にうっちゃられる可能性が高いことを、考慮に入れての戦術というわけだ。

 だが、この△59金というのも、度胸のいる手ではある。

 なんといっても、この瞬間がなんでもないし、次に△69金と取った形も、先手玉が絶対に詰まない「ゼット」になっている。

 森下はその2手の間、自陣を見ずフリーハンドで攻撃できるわけで、どんな特攻をくり出してくるか、わかったものではないのだから。

 その通り、森下は▲62飛と反撃。

 △31馬▲52銀成に、一回手筋の△61歩を放ち、▲同飛成とさせて△69金

 森下はかまわず、▲41成銀

 

 

 

 △79金とくれば、その瞬間▲31成銀を取って、△89金▲97玉に利いてない!)と逃げられるから逆転模様。

 関根はノータイムで△21馬と逃げたが、これは逸機で、実は後手から必殺手があった。

 

 

 

 

 

 △97銀が、相手の逃走路に捨駒をする、終盤の手筋で決まっていた。

 控室の検討で、先崎学五段が発見した手だが、▲同桂でも▲同香でも、そこで△79金とすれば必至

 を押さえている一瞬に、放りこむのが技だったのだ。

 大ピンチを危うく切り抜けた森下は、ここで▲69金と取る。

 △同竜に、▲79金と打って先手を取ったのが、当然に見えて疑問だった。

 ここでは▲66金桂馬をはずして、「寄せてみろ!」とせまれば、先手にも十分チャンスはあったのだ。

 

 

 

 難解な局面に誘導して手を渡し、相手のミスを誘発するのは終盤のテクニックのひとつだ。

 とはいえ、自陣を固めながら手番を握れる、この金打は指したくなるのもわかる。

 ▲79金△19竜▲53桂成と進んで、この局面。 

 

 

 

 森下がこの順を選んだのは、続く寄せが見えていなかったから。

 ここでふたたび、後手から妙手があったのだ。

 

 

 

 

 △58桂成が、見事な決め手。

 といわれても、なんだかボンヤリした手のようで、よくはわからない。

 ▲76馬とでも引いて、△69成桂なら、それが「ゼット」だから▲42成銀と引いて勝ち。

 なんて私レベルなら、勝ったと小躍りでもしそうだが、もちろん関根がそんなヘマをやるわけはない。

 ▲76馬には、△79竜とスッパリ切る筋がある。

 ▲同玉△98金(!)と捨てて、▲同香△99銀と打てば、教科書に載ってる通りの、見事な必至のできあがりなのだ!

 

 

 

 これはすごい手である。

 さっきの△97銀も妙手だが、手筋だから、ひらめけば指せるかもしれないが、この△58桂成は利いているのかどうか、一瞬はかりかねるので、ちょっと思いつきにくい。

 現に森下が見えなかったのだから、「62歳」関根茂の終盤力には恐れ入るしかない。

 
 △58桂成以下、▲77歩と執念のがんばりを見せるが、△83香▲76馬△75銀と浴びせ倒しを喰らっては、いかな森下と言えども、いかんともしがたい。

 

 

 

 ▲同馬には△79竜▲同玉△87香成で、やはりお手本通りの必至がかかる。

 大事な初戦を落とし、これで羽生、森下の大本命がレースから大きく後退

 その後、羽生は持ち直し8連勝昇級を決めるが、森下は8回戦の羽生との直接対決にも敗れ(その将棋は→こちら)、まさかの1年足止めを食ってしまうのである。

 

 (「光速の寄せ」を超えた「受ける青春」編に続く→こちら

 

 

 

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカの大学テニスと、旬... | トップ | 「朝日新聞の『天声人語』を... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。