郷田真隆の成績は、何度見ても「誤植」と勘違いしてしまう。
前回は羽生善治九段が、タイトル戦で見せた一手バッタリを紹介したが(→こちら)今回もまた大きなポカの話。
今週、アベマトーナメントにも登場する郷田真隆九段といえば、王位や棋聖などタイトル7期。
NHK杯や日本シリーズなど、棋戦優勝6回はまごうことなき「一流棋士」の証明だが、やっぱりどうしても、首をかしげてしまうのだ。
「え? それ数字、間違ってない?」
郷田といえばプロデビューした1年目に、いきなり2期連続で棋聖戦の挑戦者決定戦に進出(当時の棋聖戦は年2回開催だった)。
新四段としては破格の大活躍だったが、これはまぐれではなく、2年後には棋聖戦で、2度タイトル挑戦。
それに王位戦も続けて檜舞台に登場と、年3回のタイトル戦に出場したどころか、当時四冠王(竜王・棋聖・王位・王将)だった谷川浩司から王位を奪取。
その後も順位戦で昇級、トップ棋士選抜のJT杯日本シリーズ3連覇。
また王位戦でも、敗れたとはいえ3年連続で羽生善治と戦うなど、その突出したビジュアルもふくめ、まさに「スター誕生」ともいえる勝ちっぷりを見せていた。
そんな男なのだから、今の成績を見ると、
「タイトル7期? おいおい、《17》の間違いやろ。いや、《27》かな。ウィキペディア、ちゃんと直しとけよ!」
なんてことを、ウッカリ言ってしまいたくもなるのである。
そんな郷田が実績的に歯がゆいのは、同世代に羽生善治という怪物がいたことと、もうひとつは「ここ一番」で、なかなか勝てなかったこと。
特に、タイトル戦の挑戦者決定戦での勝率の低さは有名。
適当な棋戦の成績表を見てほしいが、「挑決敗退者」のところに、とにかく郷田の名前が並んでいる。
私もここで将棋ネタを書くとき、一応、昔の資料とか参照するんだけど、
「挑戦者決定戦で郷田を破り」
というフレーズが、テンプレートのように頻出するのだ。どんだけ負けてるねん。
ただ裏を返せば、毎回のように、そこまで勝ち上がる郷田の強さも相当なわけで、それで評価が下がる、というわけでもないのが「信用」というもの。
事実、郷田のことをあまり「勝負弱い」という人はいないし、いてもそれは苦言というよりは「なぜ?」という疑問符つきのものだ。
こういう人が言われがちな「メンタルが弱い」という言葉も、まず聞くことがなく、つまりは郷田が「ここ一番」で負ける理由を、みなが
「よくわからない」
ずーっと首をひねっているわけなのだ。
そんな郷田の痛い敗戦といえば、これが印象的。
2001年、第59期B級1組順位戦。
郷田真隆八段と、中村修八段の一戦。
昨年度の郷田は、念願のA級まで登り詰めながら、最終戦で残留をかけた一番を丸山忠久八段に敗れて、まさかの1期で降級。
しかも、丸山はその勝利で名人挑戦を決めるという、二重の屈辱を味わった。
巻き返しをはかる郷田は、復帰を目指して、出直しのリーグを首位で独走。
そもそもがB1の格ではないのは、皆わかっているわけで、最後に残った2局のうち、ひとつを勝てば昇級となったところでは、
「1枠は、もう決まり」
だれもが思ったはずなのだ。
ところが、ラス前の井上慶太八段との一番に敗れ、3敗目を喫すると、にわかに雰囲気があやしくなる。
順位下位で他力ながら、藤井猛竜王がしぶとく3敗をキープしていることもあって(1位は2敗の三浦弘行七段)、決戦は最終局にもつれこんだ。
むかえた中村戦。四間飛車を相手に、郷田は穴熊を選択。
中盤で中村が桂をタダで捨てるという、勝負手めいた奇手からさばいていくが、郷田は手に乗って優位に事を進める。
むかえたこの局面。
形勢は、郷田が勝ちになっている。
先手陣は相当駒を渡しても詰まず、あとはどう仕上げるか、というところ。
ただ後手玉の寄せ方もむずかしく、どの駒を何枚渡したら危ないといった計算もしなければならず、一筋縄でいかない局面ではある。
強く踏みこむか、一回自陣に手を入れるか。
次の手が注目だが、ここで郷田は、信じられないすっぽ抜けをやらかしてしまう。
▲69金と寄ったのが、まさかの大悪手。
郷田の意図はわかる。
これを△同成桂と取らせれば、先手は△88になにを王手されても▲同銀と取れるから、「ゼット」の形になる。
そうしておいてから、後手陣にせまれば、駒を何枚渡してもいいから安全勝ち。
終盤の手筋で、ふつうならこれが、決め手になるはずだった。
だがよく見てほしい、先手のねらいが
「王手すらかからないゼット」
にするはずなのに、ここで王手をかける手がある。
そう、△89成桂と、こちらを取る筋があった。
なんと郷田は、これをウッカリしたのだ。
▲同玉に、△77桂と打たれて大事件である。
▲88玉に△69桂成で、先手玉はほとんど受けがない。
郷田は▲83金、△同金、▲61銀とせまるが、△89金、▲77玉、△65桂、▲67玉に△66金。
▲同玉にはなんと△84角と、あの働いていない角が、一気に飛び出してきて詰み。
まさに「勝ち将棋、鬼のごとし」で、郷田はここで投げるしかなかった。
▲69金では自陣を見ず、▲63銀と打ちこんで勝ちだった。
△93香、▲同歩成、△55飛、▲83と、と必至をかけて、ギリギリ先手玉に詰みはなかったのだ。
また安全勝ちを目指すなら、金は▲69ではなく▲68金と、こちらに上がればよかった。
これなら、△89成桂にも▲同玉で、金が利いていて△77桂が打てない。
藤井が最終戦に勝ったため、これで郷田は昇級を逃すこととなる。
地力があるから、次の年にはすぐ上がるのだが、2度目のA級でも4勝5敗の成績で降級など運にも恵まれず、ファンをヤキモキさせる時期が続くのだ。
(森内俊之と佐藤康光の激闘編に続く→こちら)