プリンスの苦悩 郷田真隆vs中村修 2001年 第59期B級1組順位戦

2021年05月01日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 郷田真隆の成績は、何度見ても「誤植」と勘違いしてしまう。

 前回は羽生善治九段が、タイトル戦で見せた一手バッタリを紹介したが(→こちら)今回もまた大きなポカの話。

 今週、アベマトーナメントにも登場する郷田真隆九段といえば、王位棋聖などタイトル7期

 NHK杯日本シリーズなど、棋戦優勝6回はまごうことなき「一流棋士」の証明だが、やっぱりどうしても、首をかしげてしまうのだ。

 

 「え? それ数字、間違ってない?」

 

 郷田といえばプロデビューした1年目に、いきなり2期連続棋聖戦挑戦者決定戦に進出(当時の棋聖戦は年2回開催だった)。

 新四段としては破格の大活躍だったが、これはまぐれではなく、2年後には棋聖戦で、2度タイトル挑戦

 それに王位戦も続けて檜舞台に登場と、年3回のタイトル戦に出場したどころか、当時四冠王(竜王・棋聖・王位・王将)だった谷川浩司から王位を奪取

 その後も順位戦昇級、トップ棋士選抜のJT杯日本シリーズ3連覇

 また王位戦でも、敗れたとはいえ3年連続で羽生善治と戦うなど、その突出したビジュアルもふくめ、まさに「スター誕生」ともいえる勝ちっぷりを見せていた。

 そんな男なのだから、今の成績を見ると、

 

 「タイトル7期? おいおい、《17》の間違いやろ。いや、《27》かな。ウィキペディア、ちゃんと直しとけよ!」 

 

 なんてことを、ウッカリ言ってしまいたくもなるのである。

 そんな郷田が実績的に歯がゆいのは、同世代に羽生善治という怪物がいたことと、もうひとつは「ここ一番」で、なかなか勝てなかったこと。

 特に、タイトル戦の挑戦者決定戦での勝率の低さは有名。

 適当な棋戦の成績表を見てほしいが、「挑決敗退者」のところに、とにかく郷田の名前が並んでいる。

 私もここで将棋ネタを書くとき、一応、昔の資料とか参照するんだけど、

 

 「挑戦者決定戦で郷田を破り」

 

 というフレーズが、テンプレートのように頻出するのだ。どんだけ負けてるねん。

 ただ裏を返せば、毎回のように、そこまで勝ち上がる郷田の強さも相当なわけで、それで評価が下がる、というわけでもないのが「信用」というもの。

 事実、郷田のことをあまり「勝負弱い」という人はいないし、いてもそれは苦言というよりは「なぜ?」という疑問符つきのものだ。

 こういう人が言われがちな「メンタルが弱い」という言葉も、まず聞くことがなく、つまりは郷田が「ここ一番」で負ける理由を、みなが

 

 「よくわからない」

 

 ずーっと首をひねっているわけなのだ。

 そんな郷田の痛い敗戦といえば、これが印象的。

 

 2001年、第59期B級1組順位戦

 郷田真隆八段と、中村修八段の一戦。

 昨年度の郷田は、念願のA級まで登り詰めながら、最終戦で残留をかけた一番を丸山忠久八段に敗れて、まさかの1期降級。

 しかも、丸山はその勝利で名人挑戦を決めるという、二重の屈辱を味わった。

 巻き返しをはかる郷田は、復帰を目指して、出直しのリーグを首位で独走

 そもそもがB1のではないのは、皆わかっているわけで、最後に残った2局のうち、ひとつを勝てば昇級となったところでは、

 

 「1枠は、もう決まり」

 

 だれもが思ったはずなのだ。

 ところが、ラス前の井上慶太八段との一番に敗れ、3敗目を喫すると、にわかに雰囲気があやしくなる。

 順位下位で他力ながら、藤井猛竜王がしぶとく3敗をキープしていることもあって(1位は2敗の三浦弘行七段)、決戦は最終局にもつれこんだ。

 むかえた中村戦。四間飛車を相手に、郷田は穴熊を選択。

 中盤で中村が桂をタダで捨てるという、勝負手めいた奇手からさばいていくが、郷田は手に乗って優位に事を進める。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 形勢は、郷田が勝ちになっている。

 先手陣は相当駒を渡しても詰まず、あとはどう仕上げるか、というところ。

 ただ後手玉の寄せ方もむずかしく、どの駒を何枚渡したら危ないといった計算もしなければならず、一筋縄でいかない局面ではある。

 強く踏みこむか、一回自陣に手を入れるか。

 次の手が注目だが、ここで郷田は、信じられないすっぽ抜けをやらかしてしまう。

 

 

 

 

 

 ▲69金と寄ったのが、まさかの大悪手

 郷田の意図はわかる。

 これを△同成桂と取らせれば、先手は△88になにを王手されても▲同銀と取れるから、「ゼット」の形になる。

 そうしておいてから、後手陣にせまれば、駒を何枚渡してもいいから安全勝ち

 終盤の手筋で、ふつうならこれが、決め手になるはずだった。
 
 だがよく見てほしい、先手のねらいが

 「王手すらかからないゼット」

 にするはずなのに、ここで王手をかける手がある。

 そう、△89成桂と、こちらを取る筋があった

 なんと郷田は、これをウッカリしたのだ。
 
 ▲同玉に、△77桂と打たれて大事件である。

 

 

 

 ▲88玉△69桂成で、先手玉はほとんど受けがない。

 郷田は▲83金、△同金、▲61銀とせまるが、△89金▲77玉△65桂▲67玉△66金。

 

 

 ▲同玉にはなんと△84角と、あの働いていないが、一気に飛び出してきて詰み。

 まさに「勝ち将棋、鬼のごとし」で、郷田はここで投げるしかなかった。

 ▲69金では自陣を見ず、▲63銀と打ちこんで勝ちだった。

 △93香▲同歩成△55飛▲83と、と必至をかけて、ギリギリ先手玉に詰みはなかったのだ。

 また安全勝ちを目指すなら、金は▲69ではなく▲68金と、こちらに上がればよかった。

 

 

 これなら、△89成桂にも▲同玉で、が利いていて△77桂が打てない。

 藤井が最終戦に勝ったため、これで郷田は昇級を逃すこととなる。

 地力があるから、次の年にはすぐ上がるのだが、2度目のA級でも4勝5敗の成績で降級など運にも恵まれず、ファンをヤキモキさせる時期が続くのだ。

 

 (森内俊之と佐藤康光の激闘編に続く→こちら
 

 


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