世の中には「スイッチマニア」という人がいる。
前回(→こちら)は不発弾を愛する「不発弾マニア」について語ったが、今回はスイッチのマニア。
聞き慣れない言葉であり、意味もにわかにはわかりづらいが、文字通り
「機械のスイッチを大いに愛する人」
後輩ミハラ君がそれであり、まず彼は大のパソコンマニアである。
私は完全無欠のメカ音痴なので、機械に強い彼は非常に頼りになる存在で、何年か前パソコンを買いに出かけた際、つきそってもらったことがあった。
事件は大阪のオタク街である日本橋の、ある裏通りにあった小さなお店で起こった。
ゴチャゴチャした魔窟のような店内をうろついていると、友の姿が見えなくなったのだ。
おいおい、今日の主役がどこいったんやと探してみると、彼はウットリした目で、
「これ、いいっすねえ」
などといいながら、パソコンの機体を手で触れていたのだ。
そんな勝手にさわって店員さんに怒られないかと心配したが、どうもそれは本体ではなく、自作PCなんかを組み立てる人用のアイテムのよう。中身が空っぽの「側」だけなのであった。
ミハラ君はその「側」の電源ボタンをポチッと押すと、
「いいなあ、この押し具合いいなあ。スグレモノですよ」
恍惚の声を上げている。
電源スイッチの押し心地。そんなものが評価の対象になるのか。
メカ音痴の私には、ややピンと来ないが、なにやら深そうな話ではないか。
それからもミハラ君は他のパソコンの電源ボタンをあれこれ押しながら、
「これはイマイチやなあ」
「うむ、これはいいスイッチだ」
押し心地を楽しんでいた。その様は、どこか官能的ですらある。
そうやって色々な感触を味わい、時折その具合をメモなど取る姿は、さながらグルメブログをやっている食通のよう。
スープのコクがとかダシの香りがの代わりに、スイッチの具合。
なるほど、世の中にはこんな人生の楽しみ方があるのか。
ミハラ君の場合は基本的にコンピュータ全般を愛しているわけだが、中でも性能や値段などに加えスイッチの押し心地というものが評価の対象になるとは、素人の私には蒙が啓かれる思いであった。
しかしまあ、そんなスイッチにこだわるなんて、さすがにミハラ君ぐらいだろうと思っていたら、とんでもなかった。他にもいたのである。
それは「レコーディング・ダイエット」や、今ならジェームス三木「春の歩み」並みの愛人格付けリストで話題の岡田斗司夫さん。
岡田さんはそのコラムの中で、「スイッチにもいろいろある」としたうえで、
「押したら光るスイッチ」
「非常用の透明プラスチックカバーを跳ね上げて、押し込むようにして使うスイッチ」
「デジタル制御で動きが増幅されるため前後左右にしか動かない高性能戦闘機の操縦レバー」
「ラジコン送信機についているプロポーショナルスティックのアナログレバーのゼロ位置を修正するトルク補正ダイヤル」
「東宝映画『惑星大戦争』で、押すと上にあるランプ群がデコトラのウィンカーのようにピカピカ光ってくれるレーザー光線発射ボタン」
などなど抜粋していて、その美しさを語っていた。
「プロポーショナルスティックのアナログレバーのゼロ位置を修正するトルク補正ダイヤル」
とか、ほとんど何語かもわからないシロモノだが、岡田さんは熱く燃えたぎる「スイッチ愛」をこれでもかとたたきつけ、
「……ああ、止まらないよぅ」
その愛にもだえていた。
そんなにいいのか、
「プロポーショナルスティックのアナログレバーのゼロ位置を修正するトルク補正ダイヤル」
……て、やっぱりわけわからんな。ほとんど、早口言葉だ。
わけがわからないような、それでいて男の子ならなんとなくわかるような。
どっちにしても、げに深きはスイッチの世界なのであった。